2011年11月講座
「経済小説に経済の“いま”を読む」
作家
幸田 真音 氏
早いもので、もう2011年も1カ月半を切ってしまいました。今年は3・11の大地震、それからバンコクの水害とか、トルコの地震とか、アメリカの東海岸ではハロウィンに雪が降ったりして、あちこちで自然災害の年だったと思います。私は個人的には今年還暦を迎えまして、ずっと企業に勤めておりましたら、定年とか年金とかという世代になってまいりました。皆さんにとってはどんな1年だったのでしょうか。
私は70年代から80年代の終わりまで、アメリカの銀行と証券会社におりまして、いわゆるファンディング、銀行の資金調達と、日本国債を対象にした債券の取引、ディーリング、それから、今いろいろ話題になっておりますアメリカ国債とか、いろいろな国の国債をやっていました。また企業の資金調達のための社債のマーケット、ヨーロッパのマーケットなども経験してきました。私の「凛冽の宙」という小説は、いわゆる不良債権の転売ビジネス、早い話が損失の先送りのビジネスをテーマにした小説で、もうとっくにそんなのは時効になっていたと思っていたらオリンパスの話が出てきました。プリンストン債なんていうのがニュースでまた取り上げられて、ちょっと不遜な言い方かもしれませんが、まだ残っていたのかと思っているところです。
私がまだ現役のとき、金融業界にオプション取引というものすごいものが誕生しました。それまでも1つの物を3カ月先の値段で売買する先物とか、あるいは交換するスワップのマーケットとかはありましたけれども、その物を動かすのではなくて、動かす権利を売買するというオプション取引が誕生したんです。当時、証券会社におりまして、外国債券のほうに移ってしばらくしてから、「これからオプションの時代が来るよ」と言われていたのですが、権利の売買の仕組みとは何か、そもそも概念がわからないんです。それでニューヨークからいろいろな学者さんを招いて、日本の金融機関の方、機関投資家の方を対象にしたセミナーをよくやっていたのですが、当時の大蔵省からはそんな投機的なことをやってはいかんと言われたりして、本当にこれが定着するのかなと思っていました。今で言うデリバティブですが、物じゃなくて権利を売買するなんていうことが本当に定着したらどういう世の中になるんだろうと、ちょっと心配したりしていたんですけれども、これがどんどん進化していって、サブプライムローンが問題になり、リーマンショックにつながりということで、やっぱりなという思いもあります。
ちょっと前の話ですけれども、菅直人さんが総理大臣のときの総理秘書官とたまたまあるテレビ局のパーティで同席してご挨拶をしたんですが、財務省出身の秘書官の方が私に、「幸田さん、景気がずっと低迷していてなかなかよくならないけれども、何かいい方法はないですか。即効性のある、すぐこれをやったら大丈夫みたいなものはないですか」とおっしゃったので、「そう思うこと自体がだめなんじゃないですか」と、ちょっと失礼なことを申し上げて、「急がば回れといいますけれども、本当にちゃんとやったほうがいいですよ。即効性をねらうからいけないんじゃないですか」というような話をしたんです。その話を私の友達のエコノミストにしたら、実は僕も半年前に同じことを総理秘書官に聞かれて、同じように答えたということだったので、なんだ、民主党は半年間ちっとも変わってないのかなと思いました。私は作家になる前、アメリカの企業にいたんですが、いわゆるグローバルビジネスをしているアメリカの大手企業では、同じことを同じ方法で毎日毎日繰り返しながら違う結果を期待する人を「愚か者」というんです。同じことを繰り返していて、違う結果を望むこと自体が愚かだと。不遜な言い方かもしれませんけれども、そういうことを言われるとちょっと耳が痛くありませんか。
皆さん、子どものころにダーウィンの「種の起源」をお読みになったと思うんですけれども、最後に生き残るものは最も強いものでもなく、最も賢いものでもない。変化に対応できるものだと。いろいろな説がありますけれども、2億年も続いた恐竜があるときパッと消えてしまったのは、地球の環境の変化に耐えられなかったからだと言われています。ビジネスの世界も全く同じで、今の時代は大きい会社が小さい会社を食うのではなく、早いものが遅いものを食う時代なんです。私の好きな言葉で、「不思議の国のアリス」の続編で「鏡の国のアリス」の中に、「ずっとこの場所にいたいと思ったら一生懸命走りなさい。もし違うところに行きたいと思ったら、その倍の力で走りなさい」という言葉があります。今は環境の変化とか時代の変化とか、その変化の流れにいかに乗れるかということだと思うんです。
もう1つ、私がここ何年かずっと言い続けているのは、リーマンショックの後、今回の地震もそうですが、100年に一度だとか、それから、バンコクの洪水も50年に一度とか100年に一度とか言われていますけれども、我々は人類が初めて出会うような、そういう変化に直面しているんじゃないかということです。この10月26日に世界の人口がついに70億人に達したということですが、世界の人口は1999年には60億人だったんです。12年間で10億人増えたんです。私の若いころ、世界の人口は40億人と習いました。それが今は70億人です。地球は70億人の人口を養えるのか。水や食料やネルギーはもつのか。そういうことを考えていかなければいけない時代に我々は直面しているということです。これから先、キーになるのは、3つのE、Economy(経済)、Environment(環境)、そしてEnergyじゃないかと思っています。
ちょっと話は変わりますけれども、私はこの夏から立て続けに日本の大手企業のトップの方とお話をする機会がありまして、日本の民間企業はやっぱりすごいと思いました。今、民間企業の経営者が一番元気だと思います。元気でいないといけないから元気でいようと努力されているんだと思います。私が企業にいた時代は、アメリカの企業はトップダウンで、日本はボトムアップで下から上がってくる案件とか意見を吸い上げて、上の人は失礼ながらサラリーマンの上がりのポジションみたいな感じで、どちらかというと楽という感があったんです。その点、アメリカの企業のトップは世界中をぐるぐる回ってよく働いている。私はずっといわゆるアングロサクソンの世界にいたのでそういうものだと思っていましたが、震災以降、日本のいろいろな企業のトップの方とお会いするとすごくフットワークがよくて、切れがよくて、決断力もある、そういう方がすごく増えていると思うんです。
それはなぜかというと、申しわけないけれども、それだけ政治が頼りないからなんです。だから鍛えられているというか、自分たちでやらなければということで、民間の力がものすごく強いということを感じます。これはすばらしいことだと思います。ただ、全部が全部そうとは言えません。日本の企業の中でも二極化といいますか、民間企業の中にも早いところ、強いところ、シャープなところと、遅いところとがある。そういう動きが見られる気がします。
ここのところの円高に頭を悩ませている方もおいでかと思いますけれども、10月末のハロウィンの日に1ドル75円を切るんじゃないかというときに、日本政府が久しぶりに市場介入をしました。資金を市場から調達して、この場合は10兆円でしたが、円を売ってドルを買ったわけです。それで手元に残ったドルをどうするかというと、ほとんどはアメリカ国債を買ったわけです。でも、買った途端に為替差損は出ているし、この先アメリカ国債はどうなるかと考えると、民間のお金をジャンク化させているという感じがしませんか。今まで何回も介入して、もう効果は限定的だとわかっているのに、同じようなことを繰り返して違うことが期待できると思っている。これは「賢くないよね」という1つの例だと思います。
私はラジオの番組を持っていまして、先日は榊原英資さんがゲストだったので、この話をしました。榊原さんご自身、「ミスター円」と言われていたころには介入なさっていたわけですが、やはり単独介入は無理だとおっしゃっていました。今は誰もユーロやドルを強くしたいと思っている人はいないわけですから、当然、協調介入なんて無理だし、そうかといって為替管理だけでやろうと思ったって限定的ですから、金融政策、つまり日銀と一緒にやらなければいけないという話もされていました。それはとても模範的な回答で、日銀も5兆円の追加緩和策を出して、マーケットから主に国債を5兆円分だけ余計に買うと言っていましたけれども、いくらマーケットから国債を買って資金を供給したって、今はもう企業の需要が増えるなんて誰も思っていません。だから、もっと本当に効果のあることにお金を使わなければいけないのに、何度も同じことを同じように繰り返して、違う結果を期待している。それが今の政府の状況だと言わざるを得ないと思います。今、政府が頼りないから民間が鍛えられて、自分でやらなければいけないという、そういう国だなという気がします。そして、我々は頑張っているほう、早いほう、つまり食べられる側ではなくて食べる側の企業はどこなのか、ということを見なければいけない、そういう時代だということをまず認識していただきたいと思います。
昨日でしたか、ついにスペイン国債も10年物が6.975%だったか、もしかしたらもう7%に乗せているのかという心配もありますけれども、ヨーロッパのソブリン・リスクの問題は、もともとはポルトガル、アイルランド、ギリシャの問題だったんです。アイルランドはもともと工業力がありますから、為替が下がった分、工業力を武器に輸出を強めて、結構頑張っていたんです。問題はポルトガルとギリシャで、もともとどうしようもないというか、政府は放漫財政をずっと続けていたし、国民の納税意識もそんなに高くなかった。そんな背景があったので、コントロールが始まるとデフォルトが起きて、そこでリスクを止めておけばここまでこなかったのですが……、やはり一番の元凶はポピュリズムではないかという気がします。来年は選挙の年ですから、政治家は票につながらないことはできないわけです。リーマンショックから回復しきれていないという経済的な危機は確かにありましたが、それが政治危機になって、また経済危機に戻ってきている。複数の国がユーロを離脱するとか、ユーロそのものを再編成あるいは解体しようという声も出ていますけれども、もしそうなったらさらなる大混乱を生むことになると私は思います。
大切なのは連鎖するリスクをどうやって止めるかだと思うんです。今はよその国に借金を頼っている。つまり自分たちの国の国債を他の国に買ってもらっているという状況ですから、そこをどう見るか。例えば今、集中攻撃を浴びているイタリアの公的債務残高は、日本円77円の計算で163兆円ぐらいあると言われています。そして、イタリアの債権国、イタリアの債務を一番持っているのはフランスで、32兆円持っているんだそうです。そのフランスの債務を一番持っているのはイギリスで、23兆円持っている。イギリスは、アメリカから55兆円、ドイツから40兆円借りている。ドイツはイタリアから借りている。つまりイタリアから始まってイタリアに返ってくるんです。そういう状況でギリシャの債務の免除をどういうふうにするのか。全部つながっていて本当に微妙なところでマーケットが動いていますから、その損失をどうやってカバーするかとなると、それぞれが持っている金融機関の資本を厚くしてやる。そういう道しかないという議論が今起きています。
ただ、ここから先は長引くことを覚悟しておかなければいけないと思います。金融機関の方がいらっしゃるのでちょっと言いにくいんですけれども、バブルの崩壊後、公的資金を入れて金融機関の足腰を強くしようという話になったときに、「うちに入れてください」と手を挙げられないんです。手を挙げた途端に、マーケットが「あそこは危ないんじゃないか」と、わっと株を売ったり、集中攻撃を浴びますから、公的資金は欲しいけれどもそう簡単に言えないところがありました。その後、みんなで一斉に手を挙げて、一緒の金額だけ入れましょうみたいなことがありましたけれども、そういうことがこれから全部の国で、全部の金融機関で起きてくるということが十分考えられますので、しばらくは時間がかかるだろうと見ておく必要があります。
ただ、欧州系の国債に関しては、日本の機関投資家もこれまでにかなり売っていますので、あまり大きな影響はないと見てよさそうです。ここのところずっと欧州の銀行が資産を売りに来ています。だけど日本のメガバンクさんもかなり慎重でして、そんなに簡単に買いを入れられるような状況ではないので、それほど問題はない。リーマンショックのときは、中国、シンガポール、中東諸国が、ホワイトナイト、救いの「白馬の騎士」みたいなことを言われましたけれども、さすがの中国も今は慎重になっています。本来そこまで悪くないと言われていても、ここのところちょっとオーバーシュートというか、雰囲気が悪くなり過ぎているところもありますので、その辺がどのぐらい影響があるかということは一応見ておかなければいけません。我々一般の者としては、ユーロ安を活用してブランド物を買うとか、おいしいワインを買うとか、ユーロ安の恩恵をこうむるぐらいにしておいて、投資として手を出すのはちょっと慎重にしたほうがいいと思います。
その国の財政を見るときに、債務残高をその国のGDPと比較した数字で、国際間で比較するんですけれども、イタリアの財務を見てみますと、1998年の債務残高はGDP比132.6%でした。直近の2011年はどうかというと、129%と予想されています。今年はきっとGDPが下がるでしょうから、数字は少し変わるかもしれませんが、イタリアも努力はしているんです。債務残高が大きいので、どうしてもそちらに目がいくわけですけれども、むしろイタリアは頑張って財務体制をよくしようと努力しているんです。もちろん債務残高が大きい、いっぱい借金を抱えた国だということは、ユーロ圏に入る前からもうわかっていたことなんですが、頑張った部分はほめてもいいんじゃないか。ちなみにドイツのGDP比は1998年には62.2%だったのが、2011年には87.3%と予想されています。つまりドイツはそれだけ増えているんです。日本は1998年には113.2%、2011年は212.7%で、GDP比だけ見るとこういったところが現実です。
ですから、メディアとか、欧州の政治家とか、あるいはマーケットの人たちの論点がずれているというところも、我々は見ておかなければいけないんです。EUが今やっている解決の手段というのは、ちょっと逆の方向にいっているような気がします。ソブリンの問題はそれぞれの国の問題なので、それぞれが話し合って解決するにしても、それがらちがあかないというので、今それを銀行の問題にすりかえているんです。本当はその国の財政の問題なんだけれども、金融業界の問題にすりかえている。それで銀行のほうが逆切れして、欧州銀行連盟(EBF)のクリスチャン・クラウセルン会長が、欧州の銀行が危機の渦中に飲みこまれないように、欧州の債務問題で打撃を受けたイタリア国債を売却する、つまり自分たちのだめな部分を売るんだと言ってしまった。それでイタリア国債が売られているんです。もう少し冷静になればいいんだけれども、逆のことをして、問題をもっとこじらせる方向にいっている。国の債務の問題なのにそれを金融問題にすりかえてしまったところから、さらに事態が悪化しているということです。
私は国債のメカニズムを皆さんに知ってほしくて、2000年に「日本国債」という小説を書きました。実際に書き始めたのは98年の小渕政権のころです。いろいろなところで延べ200人ぐらいに取材しました。大蔵省(現財務省)へも行って、日本国債の小説を書きますと言ったら、担当の方から「そんなの書いたって1万部も売れませんよ」と言われたんですが、2000年11月に出して、結果的にあの小説は累計60万部までいきまして、いまだに増刷がかかっています。当時、国債の市場はプロのマーケットで、まだ個人向け国債はなかったですから、一般の人にはあまり知られませんでした。でも、日本の国のお財布ですからすごく大事なことです。当時から日本が借金漬けで、国債市場でも問題だと皆さんおっしゃっていたんです。
そして、本を出した途端に今度は200社ぐらいの方から取材を受けました。反応が早かったのは海外で、ニューヨークタイムズ、フィナンシャルタイムズ、ブラジルの新聞社、ノルウェー、フランス、イタリア等、いろいろな国が来ました。イギリスのBBCラジオの生番組にも出まして、私は、国債のマーケットは打ち出の小槌ではないと言いました。当時、バブル崩壊後で、何とか国の景気をよくしなければいけないということで、7兆6,000億円ぐらいの財政出動があって、扇国交大臣は、日本国債は大丈夫だからどんどん出しましょうと言っていた。小渕さんは小渕さんで、僕は世界一の借金王ですみたいなことをおっしゃっていて、大丈夫かしらと私は思っていたわけです。私はずっとアメリカの国債とかドイツマルクの国債の取引をやっていて、日本の市場環境はあまりにも原始的に感じていたので、もっと市場改革をしてほしい、そして、財政の健全化もしてほしいという、2つの目的があって小説を書いたんです。ただ、私はマーケットの人間ですから、海外からいろいろ取材を受けたとき、これから日本国債は危ないです、暴落しますなんて言えません。それを言って本当に暴落したら困るので、BBCの番組では、日本は資産をいっぱい持っているから大丈夫ですと言ったのを覚えています。それから11年たちまして、市場改革は進みました。決済方法も変わりましたし、入札の環境もものすごくよくなりました。いろいろな意味でアメリカ国債に通じるぐらい使い勝手のいい、洗練度のある市場になりました。ただ、肝心の財政問題がどんどんひどくなっています。小渕さんのとき7.6兆円だったのが、その後、麻生さんがその倍ぐらいの財政出動をしました。
小説「日本国債」は、いくら国債をうまく発行して国の財政を支えようと頑張っても、政治家に財政をきちんとやろうという意識がなければどうしようもないので、ディーラーたちが政治家にお灸を据えようということで、入札のときに結託してボイコットするという小説なんです。言ってみればインサイダー取引です。でも、そんなことでもやらないと政治家はわかってくれないということで、やむにやまれぬ思いがあった。それでやったのが「未達」ということです。つまり国が募集したオークションに札が足りなくなる。それがストーリーのキーになっていまして、皆さん、そんなことはあり得ないと言っていたのが、本を出して2年後に、実際に「未達」が起きました。
私は国債の暴落をあおったわけではなくて、財政をどんどんどんどん借金体制にしていったら融通がきかなくなって、本当に必要なところに必要なお金が出せなくなるということが言いたかったのです。一般の家で500万円しか収入がなかったら、500万円の中でやりくりするのが家計です。企業の場合は収入がたとえば500億円だとしたら、500億円だけのことをやっていたのではチャンスを逃しますから、融資を受けたり、あるいは債券を発行して資金を調達して、それを設備投資に回してもっとお金を稼ぐ。これは正しいことです。国も最初に予算ありきで、それを超す税収があったり、いろいろな歳入があればオーケーなんです。だけど借金がかさむといずれは破綻する。これは企業経営と全く同じです。国の借金というのは家計とか企業とはちょっと違って、必ずしも返さなければいけないものではないんですが、でも基本的にはバランスなんです。
さっきも申し上げたように、政治家は票をもらわなければいけないですから、有権者の耳に痛いことはなかなか言えないものです。それで国債を発行して、何となく回っているからよしということで、国債の発行が錬金術のようになってしまっているんです。小渕さんも麻生さんも実際に財政出動をしたけれども、それがどのぐらい景気の回復や活性化に役立ったのか、その検証がほとんどされていません。責任を問うメカニズムがないに近いんです。
私が「日本国債」を書く10年前の、1990年から今年2011年にかけての普通国債の増加額は501兆円でした。この原因は、1つは、税収の減少が225兆円ぐらいあると言われています。景気がどんどん下がって、法人税とか所得税とかの税収が減ってきた。そして2番目は、社会保障関係費の増加が168兆円ある。国民の寿命が延びるのはいいことなんだけれども、社会保障費もどんどん伸びている。あと、公共事業関係費が60兆円増加しています。公共事業費は随分悪者にされて、ピーク時の半分以下になったのですが、震災がありましたから、今後は復興のために伸びてくると思います。そういうのが日本のこの20年間の姿だということです。
いくら財政出動をしてもそれが本当に効果を発しなければ、財政出動そのものにどのぐらい意味があるのか、それを考えて使わなければいけないという話を私はずっとしてきたんですけれども、なかなかうまくいかなかったというか、どんどん悪くなっている。今、デフレ派の人たちは、日銀がもっとお金を刷って、国債を市場から買えばいいじゃないかと言っています。もっと極端なのは、日銀の直接引受なんていうことをおっしゃる方もいます。よくよく聞いてみると、マーケットを通さないで、発行した国債を日銀が裏で直接引き受けて、その分、お金を刷って外へ出せばいいじゃないかという話なんですが、これは財政法で禁じられています。
ちょっと宣伝になってしまうんですけれども、私は11月7日から、東京新聞、中部日本新聞ほかのブロック紙で、高橋是清のことを書いた「天佑なり」という小説をスタートしました。日本の歴史を見てみると、明治維新のころからお金を調達してきて、国はずっと借金で苦しんでいるんです。高橋是清というと、皆さん、日露戦争の戦費調達、外債発行ということが頭に浮かぶと思います。私は財務省の財政制度等審議会の委員を7年ぐらいやらせてもらったんですが、今、国債発行の93%ぐらいは日本人が買っているんです。日本人が国債を支えています。それで、財務省は今、もっと外国にも買ってもらおうということで、いろいろな国へ行って一生懸命IR(投資家向け広報活動)をしています。これはいいことです。マーケットというのは単一の投資家の参入があまりにも大き過ぎると動きが単一にもなり、もし何かあったときに一人の人がやったことにみんなが追従することになりリスクがあるということで、投資家をバランスよく分散することはいいことなんですけれども、そのIR活動のときの財務省の説明に、高橋是清は日露戦争の戦費調達のために海外で外国債券を発行した、海外に向けて国がIR活動をするのはそれ以来ですと言われたんです。そのとき私は高橋是清に改めて関心を持って、それが今回の小説につながっているわけです。これから1年かけて書くので、もちろん毎日新聞を読みつつ、ぜひ読んでください。高橋是清の時代には関東大震災や大恐慌があって、国が日清・日露戦争をして、その戦費調達を含む高橋是清の政策というのは、1つの参考になるかと思います。
ちょっと話が飛躍しますけれども、最初に私が言ったオプション取引、権利の売買というのは、いわゆるレバレッジです。現物の売買だと100円のものを動かすには100円前後要るんだけれども、動かす権利を買うだけだと、たとえば1円ぐらいで買えるんです。だからとんでもなく大きなビジネスができる。そういうことが積もり積もって、サブプライム問題やリーマンショックが起きたわけです。人間が全部コントロールできると思っていたのに、結局コントロールできなくなってしまった。これは原発も同じで、ほかにもいろいろな要素があると思うんですが、人類がコントロールできると思っていたら今回の事故が起こってしまった。財政も、実際には収入がないのにそれだけの予算を組んで、国債発行に依存して国が活動をする。こういうことが本当にコントロールできるのか。ここがキーだということです。
次に、アメリカの国債はどうなのか。私は「日本国債」を書いて、次に「アメリカ国債」という小説も書くべきだったなとつくづく思うんです。日本はまだ90%以上を国で賄っているからいいんですけれども、アメリカは半分以上を海外で買ってもらっています。今、アメリカのスーパーコミッティ(超党派委員会)はサンクスギビング・デーの11月23日をデッドラインに、どうやって財政赤字を削減するかということをやろうとしています。
私の「財務省の怪談」という小説は実は怪奇小説でして、私は今まで片一方の軸足を経済に置きながら、いろいろな小説を書きたいと思ってきました。経済小説というのはものすごく可能性を秘めた分野だと思っていまして、これまでサスペンスフルな経済小説も書いてきましたし、恋愛経済小説も時代経済小説も書いています。それからユーモラスなものも書いています。今回の小説は2回目の時代経済小説なんです。今までいろいろなパターンの経済小説を書いてきたのでもういいやと思っていたら、編集者にまだ書いていないものがあります、それがホラーですと。世界中探してもホラーを経済小説で書いた人はいないと言われて、それで「財務省の怪談」の中で米国債の格下げの話を書いたんです。そして本を出してしばらくしたら本当に起きてしまったので、私はぞっとしてやっぱりホラーはあるのかなと感じた次第です。
それは厳密に言うと国債の格下げではなくてソブリンの格下げで、アメリカが保証している債券の格下げということなんですけれども、でも格下げが起きた後どうなったかというと、実はアメリカ国債が変わったんです。投資をする人はファンドのガイドラインで平均の格付けを見ながら投資するわけですが、ソブリン全体が格下げになると、アメリカ国債の格下げなんてあってはいけないということで、格付けの高いものを買って、格付けの低いものは売って、全体の平均格付けを上げようとするんです。格付けの高いものというと国債ですから、結果的にアメリカ国債が買われる。それ以外の社債だとか地方債とか住宅金融公庫債みたいなものははずされて、国債が増える。だからアメリカ国債が格下げになって国債が買われるという、そういう現象が起きているんです。ファンドというのはいろいろなガイドラインによってコントロールされているので、格下げが起きたから国債が売られるということでもないんです。ですから、本当に現場の実態を知らないと判断を誤るということです。その辺もぜひ知っておいていただきたいと思います。
アメリカは国債の発行に上限を設けていますから、それを超えて発行するときは議会の承認を得なければいけないので、そこでまたバトルが起きるわけですが、それが今度のサンクスギビングのときですので、その辺がどうなるか。あと1週間ですから、恐らくそれはうまくいかない。問題を突破できない可能性が高いので、そうするとまたもう一回格下げなんていうことも起きてくるかもしれないので、その辺も見ておかなければいけない。財政の手が打てないとなると、今度は金融政策でもっと頑張れということで、また連銀は国債を買ってQE3(量的金融緩和政策の第3弾)みたいなことをやるのか、あるいは別のことをやるのか、その辺、金融政策に圧力がかかってくるのをどう見るか。
日本国債の話に戻りますと、確かに日本の国債残高はGDP比で2倍を超えました。でも、何のかんの言っても日本の企業は強いし、あと、外貨を1兆ドルぐらい(世界第2位)持っています。貿易収支は危うくなっていますけれども、これまで稼いで投資してきた分の資本収支は黒字で、まだ日本にお金があるので国債が買われるんです。このように日本はまだお金が入ってくる状態にあります。日本は世界最大の債権国で、この20年間の日本の対外投資の累計は簿価ベースで245兆円だったんですが、円高で今は190兆円ぐらいに下がっています。55兆円も目減りしているんですが、この辺の円高対策を何もやっていない。貿易黒字を生かす国家戦略がいかにないかということにもなるかと思います。
もう一回対外資産に戻りますけれども、2008年度末には262兆2,000億円に達し、18年間連続して世界一でした。日本は世界で一番お金持ちなんです。第2位はドイツの107兆円で、日本の半分以下です。アメリカは2兆4,000億円で日本の100分の1です。そのぐらい日本には債権がある。ただ、これがいつまで続くか、それが問題なんです。生産を海外に移転したり、投資を海外に移転したりして、お金が日本から外に出ていったときが問題なんです。あるいは、生産が海外に行って国内企業が稼げなくなると流れが変わります。法人税も下がります。日本からお金が出ていく状態、経済赤字になってしまうと、今度は円安を心配しなければいけない。円安になったら、今度はインフレを心配しなければいけなくなります。貨幣価値は下がります。もちろん金利も上がります。悪循環の始まりです。そうなったときに一番心配なのは、これだけ借金残高を抱えていると本当にどうなるか。経常赤字になると、国債を買い続けるお金がなくなるという事情と、円安に振れるという方向が同時にやってきます。これは日本が国際社会にデビューした明治のころ、高橋是清のころ以降、初めて経験することです。考え方を今までと180度変えなければいけない。これがいつ起きるか。今、日本の覚悟が問われていると思います。
いろいろなエコノミストが経常赤字になるまでにまだ猶予があると言っていますけれども、このところの円高プレッシャーで、プレッシャーといってもこれはアメリカの問題で、アメリカはもう下がっていくしかないです。円高で、震災の影響、電力供給の不安定化、労働規制、増税なんていうことになると、企業は生産の拠点を日本に置いておけないと判断します。タイの洪水があり、外に持っていくことにリスクがないわけではありませんが、やはりこのあたりも見ておかなければいけない。日本の国債はどうか。日本の財政は本当に破綻するのか。対外資産がいっぱいある今なら何とかなるけれども、これがどんどんどんどん減って日本からお金が出ていく、そのときがまさに危ない。それがいつ来るかということです。
あと、今、日本の国債残高の半分ぐらいは国が持っているわけですが、金融機関も3割以上持っています。金融機関のファンドマネージャーの方たちはどういう基準で運用しているかというと、さっきの格付けの問題、全体としての平均格付けのバランスもあります。もう1つはボラティリティーです。マーケットはいつも動いていて、変動率の上がり下がりの激しさをボラティリティーというんですけれども、あまり大きな変化があるものはやめようという、そういうリスク管理の指標があって、バリュー・アット・リスクという言い方をします。今、日本の金融機関は全部この管理指標を採用していて、動きが激しいものははずして、あまり動きのない安定的なものを買う。つまり値動きが大きくなると売らなければならなくなり、国債価格の変動が大きくなってきたときは売りのスタートになるんです。
1998年にボラティリティーが上昇したのですが、最初はあまり動かなかったためたくさん買いました。そうしたら値動きが出てきて、大変だというので売り出したため、大変な暴落が起きました。ちょうどそのとき大蔵省資金証券部がこれ以上国債を買わないと言ったこともあって、運用部ショックと言われたりしました。金利が上がるということは価格が下がるということで、そのときには0.9%から2.5%ぐらい動きました。そのときの暴落で損をした金融機関もいっぱいあります。ただ、皆さんもご存じのように、日本の企業には人事のローテーションがあって、13年前にいた人が今も残っているケースは非常に珍しいので、そのときの痛い思いを覚えている人はたぶん少ないだろうと思われます。だからこういうことが起きたときにどうしたらよいか対策をとっておきたいところです。
最近は金融規制強化があったりしますので、あまり仕掛けとか、空売りする投機家はいなくなっていますから、その点、ボラティリティーをつくる人は減ってはいますけれども、何かで値動きが激しくなったときには要注意です。バリュー・アット・リスクという運用指標を採用しているので、あまり値動きが大きくなると売らざるを得ないんです。じゃあボラティリティーは上がるのか。そういう要素はあるのか。実はあるんです。それも近々です。11月21日に証券取引所の日本国債の売買システムのルールが変わるんです。これがちょっと心配かなと思います。システムの関係でストップ安とかが、どんどんボラティリティーを上げるような制度になる可能性があります。だからといって11月21日に暴落が起きるということではないんですけれども、何かでディーラーやファンドマネージャーたちが動いたときに、その動きが激しくなることが考えられます。動きが激しくなると、それによってバリュー・アット・リスクで運用している人たちは売らざるを得なくなるわけです。長い目では、経常赤字が始まるときに、日本で今まで我々が見なかったような世界に一歩を踏み入れてしまうということになるかもしれません。だから日本がいっぱいお金を持っているときにきちんと財政の健全化を図る。税収を増やし、使うものを減らす、これしかないんです。きちんとかじを取れるかどうか。今ならまだ間に合うから、今のうちにきちんと財政規律を守って、財政の再建を図っておかないと、いろいろなところに地雷は埋まっていて、どういうことで地雷を踏むかもしれない。そういう状況の中に日本の財政は置かれているということを忘れてはいけないと思います。
今、個人の金融資産は1,200兆円で、住宅ローンとかを引いたら1,100兆円ぐらいと言われていますけれども、そのうちの800兆円ぐらいは現金・預貯金で、日本にはやっぱりお金があるんです。個人の現金・預貯金800兆円というのはGDP比160%です。アメリカは43%、ドイツは64%、イギリスは74%、フランスは55%です。先進国は大体60%ぐらいです。企業にも内部留保があるんですが、それらが今はほとんど国債にいっています。これがもし投資のほうに回っていったら、もっと活性化されるんです。国債を買う人がいなくなると、国債はちょっとぐちゃぐちゃするかもしれないけれども、本当に経済が回っていったら、長い目で見ると財政の健全化になるんじゃないか。もし国債の暴落なんていうことになったら、そのとき我々はどういうふうに自分を守るか。突然悪い金利上昇が起きたら自分をどう守るかということは、頭の片隅に常に持っていなければいけないということです。
時間になりましたので、私の話はこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)
(了)