2011年12月講座
「変わる消費者に、マーケティングはどう応えるか」
株式会社電通
電通総研 局次長兼ヒューマン・インサイト部長
四元 正弘 氏
今日はマーケティングのお話をさせていただこうと思っておりますが、そもそもマーケティングとは何か。定義はいろいろあると思います。ウィキペディアで引いてみると、「製品Product、価格Price、流通Place、プロモーションPromotionの4Pを効果的に組み合わせ、売上・利益を最大化すること」というのが最初に出てきます。流通は本来だったらDistribution が正しいのでしょうが、Pで語呂合わせをして、売る場所という意味でPlaceになっています。どういう製品を、どういう価格で、どういう売り方をして、そのときにはどういう広告をするかセットで考えましょうということです。これがマーケティングの定義として一番ポピュラーなものです。
ドラッカーは、企業の目的は顧客創造であると言っています。つまり新しいお客さんをつくる。これが企業の最大の目的である。そのために企業は2つの基本機能を持たなければいけない。それは「イノベーション力」と「マーケティング力」だと言っています。先ほどの4Pを考えてみますと、画期的な新商品をつくって、そして、画期的な生産工程で価格を劇的に下げていく、ここら辺はドラッカーの言うイノベーションに比較的近いです。それに対して、Promotion、どういうふうに宣伝していくか、また、Place、どういうふうに流通戦略を考えてそれを実現していくか、ここら辺がマーケティングに近い。4Pで考えればこういうふうに2つに分かれるのかなという気がいたします。
そして、ドラッカーは、彼は実務家ではなくて哲学者なのでちょっと変わった定義をしているのですが、マーケティングとは「(同じ商品・価格であっても)売るための(営業)行為を不要とし、自然と売れるようにすること」だというわけです。括弧の中は私が足したものです。彼のいろいろな解説書を見ると、売るための行為として一番に挙げているのは営業マンによる営業行為です。しかし、この営業行為がなくても、お客さんがこれを買いたいと思う気持ちをつくることが大切です。それが自然と売れるということです。言いかえれば、お客さんがこの商品はいいなと思うようなことを事前に仕掛けることと言ってもいいでしょう。無理やりの営業行為ではなくて、勝手にお客さんのほうから寄ってきて買ってくれる。これはいい話には違いありませんが、現実にどうするか。これが実は非常に重要な部分ですが、彼はそこにはあまり触れていません。
ですから、今からそこら辺を深掘りしていきたいと思います。私は、消費者の心の中というのは非常にシンプルで、「(商品の)価値」と、「(それを手に入れるための)コスト」を天秤にかけているんだろうと思っています。そして、「価値」よりも「コスト」のほうが高いと感じているときは、その商品を絶対買いません。2つの皿が釣り合っているときも、買ってもいいなとは思うのですけれども、今買う必要はないということになり大体先送りにします。そして、「コスト」を上回る「価値」を感じたとき、初めて消費者はこれを買いたいというふうに思うわけです。コストの代表的なものは代金ですが、それ以外にも、買いに行くのに時間がかかる、面倒くさい、これもコストです。あと、何か新しいことを始めるとき、勇気を出してやってみる。これは心のコストです。コストというのは大きく言うと、お金にまつわるコスト、時間にまつわるコスト、気持ちにまつわるコスト、この3つがあるのですが、代表的なのはお金にまつわるコストでしょうね。
価値がコストを大きく上回っている状態は、簡単に言えば2つの方法でつくれます。1つはコストを軽くすることで、値引きすればこの状態はすぐに生まれます。価格を下げるというのは、消費意欲を増すいいやり方です。でも、それは短期的にはいいやり方でも、中長期的には非常にまずいやり方になることがよくあります。人の心には値頃感がありまして、値下げの瞬間は、安くなった、得だと思うのですが、その状態がしばらく続くとそれが当たり前になってしまって、いつの間にか釣り合ってしまうのです。そして価格を元に戻すと、値下げした分を元に戻すだけなのに、消費者のほうは値上げしたと思ってしまう。安易な値下げは一時的には消費意欲を増しますが、中長期的には逆に利益を失うことにもなるので、あまりお勧めしません。
では、コストに手をつけないでこの状態をつくるにはどうすればいいでしょうか。これはすごく単純で、少しでも価値を高く感じてもらうようにすればいいわけです。ドラッカーが言う、営業行為を不要とし、自然と売れるようにするというのは、消費者に商品の価値をできるだけ高く評価してもらうということです。
マーケティングでは、価値には「機能的価値(Functional Value)」と「感性的価値(Emotional Value)」の2つのタイプがあると言われています。Emotional Valueのことを「情緒的価値」、あるいは「情動的価値」、「心理的価値」と言う人もいます。でも気持ちは全部一緒で、要するに心の感じる価値ということです。機能的価値というのは、その商品の基本的な価値で、車の場合で言うとわかりやすいのですが、例えば200馬力というのは代表的な機能的価値です。ほかにも7人乗りとか、ゴルフバッグが3つ積めますとか、1リットルで30km走れますとか、これらも車の基本的な機能的価値です。
今私が言ったように、機能的価値というのは数字で表現されることが多いです。当たり前ですけれども、ガソリン1ℓで11km走る車と20km走る車だったら、よほどの偏屈でもない限り20km走る車のほうがいいですね。数字というのはすごく残酷で、どちらのほうがより優れているかということを明確に示します。そのために客観的な判断がつきやすいので、社会的コンセンサスがつくられやすい。こういう特徴もあります。
それに対して感性的価値というのは、車で申しますと代表的なのはデザインとか、色とかもそうです。あと、人によってはドアの開け閉めのときのしっかりした感じがいいとか、この車に乗ったら女の子にモテそうだとか、そういうのが感性的価値です。これには数字が入ることはまずありません。非常に感覚的な評価ですから、判断が人それぞれになりやすいので、社会的なコンセンサスがつくられにくいということがあります。そして、もう1つの問題として、機能的価値は故障でもしない限り安定だということに対して、感性的価値は、時間がたつにつれてだんだん飽きて下がっていく、そういう特徴もあります。例えばこの車はかっこいいなと思って買っても、毎日毎日見ているうちに感動が薄れてくる。これは人情だと思います。
例えばホテルのようなサービス業だと、食事がおいしいかまずいかというのは非常に基本的な問題で、これは機能的価値でしょうね。あと、量とか迅速性、価格、設備の新しさ、静けさも機能的価値で、これらはいずれも数字で表されます。基本的なおいしさというのは、食べログとか、ミシュランとか、星いくつということで、数字的な評価の対象になっています。量もいざとなればグラムではかることができますし、迅速性はストップウオッチではかることができます。価格はもちろん数字になっています。設備の新しさも、建って何年ということで出てきますし、静けさはデシベルで出せます。
それに対して感性的価値は、例えば従業員がいいほほえみをしていると感じがいい。これは代表的な感性的価値ですが、もちろんはかれません。あと、できれば美男美女のほうがいいに決まっていますが、これもはかれるものではありません。香りも難しいです。デザインのセンスや立ち居振る舞いも、かっこいいなと思っても、はかれるものではありません。こんな感じで機能的価値と感性的価値に分けることができます。人間にも機能的価値と感性的価値があって、どんなものでも2つの価値で分けるのが、マーケティングを考えるときの基本的な考え方です。
さて、価値には機能的価値と感性的価値の2つのタイプがあると申しましたが、いずれにしてもその人なりにこのレベルまでいけば合格、ここから下は不合格という線があるはずです。機能的に合格している場合は一般的に「満足」という言葉を使いますし、一定水準に達していないときは「不満」という言葉を使います。そして、感性的価値、心の感じる価値がある一定以上に達しているとき、人は「感動」という言葉を使いますし、一定水準以下の場合は「普通」ということになります。
機能的価値で不満な商品については、昔、不良品といわれるものがありましたが、今はほとんどありません。例えばスーパーでも百貨店でも安い物から高い物までいろいろありますけれども、安い物を買ったからといって、使えないなんていうことは滅多にないです。だから100円ショップもあんなに混むわけです。今、世の中にあるほとんどの商品は、機能的価値で言うと満足レベルに達しています。でも、感性的価値はどうかというと、「感動」に至っているものはまだまだ少ない。機能的には満足だけれども感性的には普通だというのがコモデティ(日用品)で、安ければそっちのほうを買う。だから価格競争になりやすいのが一番の悩みどころです。機能的価値は不満で、感性的価値も特にない物は、まず市場には出てきません。途中の段階で商品化されないと思っていいと思います。
機能的には不満なんだけれども、なぜか感動を感じてしまう。世の中にはこういう物がたまにあります。こういうのはマニアックな消費とか、カルトとか、エンスーとか言われますが、一部の熱狂的なファンがいる商品があるわけです。
一番いいのは機能的には「満足」のレベル、感性的には「感動」のレベルに達しているもので、私はこれが「ブランド」だと思っています。ブランドというのは何も高級品とかそういう意味ではなくて、感動があるということが一番の条件なんです。例えば高級でなければいけないということだと、恐らくユニクロさんはブランドとは言えないと思います。でも、機能的には十分満足なんです。次から次へと低価格ということで感動的なシーンをつくり出している。そういう意味で立派なブランドです。ただ、さっきもちょっと触れましたけれども、価格で感動するというのは長くは続かないんです。ですから、常に新しい商品をつくっていかなければいけない。ユニクロさんもそういう宿命をお持ちだと思いますが、常に新しい商品を出して感動を与え続けられるというのは、非常にすばらしい商品開発力があると思っています。
アメリカの広告人で非常に有名なオグルビー&メイザーという方がいて、その名前を取った会社もありますが、著書の中で「ブランド・ロイヤリティこそ、マーケティングの究極のゴールである」と言っています。私は個人的にはこのマーケティングの定義が一番好きです。一番完結だし、何をすべきか、はっきり言っています。ゴールは怖いものです。マラソンでも何でもゴールはみんながそこを通らなければいけない。でも最後に表彰式で表彰台に上がるのは3人だけで、4番目以降は、はっきり言って記録には残っても記憶には残らないんです。マーケティングのゴールは、1位、2位、3位しか意味がないとは言いませんが、消費者の記憶に残るためには、ほかの企業より少しでも早くゴールを切らなければいけない。ですから、ブランドをつくる競争をしている。これがマーケティングの基本的な考え方だと思います。
では、ブランドとは一体何なんでしょうか。アメリカの有名なブランド論の先生でアーカーさんという人がいます。彼の定義は非常に有名で、「ブランドとは、生活者の心の中にできた識別のための印である」と言っています。これには重要なポイントが2つあります。「生活者」と「識別」ということです。売り手がこの商品はどんなにいいですよと言っても、そんなものは意味がないんです。買い手が識別して初めてブランドであると言っているわけです。
この内容を消費者の立場で平易に言いかえると、ブランド・ロイヤリティ、すなわちマーケティングのゴールとは、「消費者が『この商品は私にとって特別だ』と感じられる」商品となることです。これは基本的には先ほどのブランドの定義と何一つ変わっていません。主語は「消費者」です。あくまで消費者が感じなければいけない。そして、ほかの物とは違う、私にとって特別だというふうに思ってもらう。この2つの条件が必要だということです。
この「私にとって特別だ」という感覚のことを、マーケティングの別の用語では「自分ごと化」と言います。他人ごとじゃなくて、自分にとって非常に重要だという意味で、自分の中にすっと入ってくるという感じでしょうか。マーケティングのゴールは、「自分ごと化」の対象にしてもらうことです。4Pというのは手段で、その結果として、営業行為なくして自然と売れるようになるというドラッカーの話になってくるわけです。そういうふうに私は理解しています。
消費心理の進み方にはいろいろなモデルがありますが、私は消費者の心理は3段階に分けられると思います。第1段階は認知・注意(Attention)です。まずは知って、興味を持ってもらう。その次の段階として理解(Comprehension)、優れた点や特徴を納得してもらう。でも、その時点では、いい商品だね、でも自分には関係ないかなというような感じかもしれません。それで最後に「自分ごと化」(Engagement)、自分にとってこれは非常に特別なんだ、重要なんだと認識してもらう。私個人はこれを英語の頭文字をとって「ACEモデル」と言っています。最後のゴールは、何回も言っていますが、「自分ごと化」を実現していくことなんです。
「自分ごと化」のためには、消費者の骨太な目線、すなわち価値観メガトレンドを知った上で、あたかもその前に置くかのように商品やコミュニケーションを設計すれば、それだけ「自分ごと化」を促進しやすくなるはずです。消費者の気になっていることをその目線の前に置けば、ああ、これはいいじゃないかとなりますね。
次に、消費者の意識・価値観は今どうなっているか。これを知った上で、それに合うような商品なりコミュニケーションを考えていって、「自分ごと化」を促進したいわけですが、今を考える上で、3月11日に起きた東日本大震災に触れないわけにはいきません。それで電通では、大震災の直後から日本人の価値観は変わったのではないかという24の仮説をつくりまして、数カ月に1度、アンケート調査をして確かめています。一番新しいのは9月のデータで、その時点で24の仮説のうち支持率60%以上のものが12ありました。支持率が60%以上というのは明らかにマジョリティーです。つまり今の日本人を支配する強烈な価値観と言ってもいいと思います。それをちょっとお話ししたいと思います。
9月の時点で支持率が一番高かったのは「徹底安全」志向で、常識や法律にとらわれず安全性への対策をしたい。約8割の方はこういう志向が強いです。次はメリハリ志向で、お金や時間の使い方のメリハリをつけたい。これも75%と高いです。3番目は、無駄排除志向です。無駄を見直し、節約や買わずに済ませたい。これも7割近くあります。4番目は絆志向です。2011年の漢字に「絆」が選ばれましたが、家族や身近な人々との絆をもっと大切にしたい。これも約7割です。5番目はプチハッピー志向で、精神的癒しや、ささやかな幸せを大事にしたいというのが約7割です。6番目は省資源志向です。節電や節水の工夫を前向きに取り入れていきたい。これも約7割です。7番目は嫌原発志向で、エネルギー生産・供給のあり方に関心をもっと持ちたいというのが65%前後です。
それから、8番目、ハレ志向、これは3番目の無駄排除志向、節約したい気持ちと若干矛盾しているかもしれませんが、ストレスを忘れたり、非日常的な気持ちになりたい。これも65.8%と高いです。日本人の勤務者の世帯の平均年収は1997年の約480万円をピークに下がり続けていて、今の時点で額面でおよそ13%下がっています。その間、物価も下がっていますから、実質的にはそこまで下がってないですが、毎年毎年、年収が減っていくような状況ですから、節約しなければという気持ちは非常に強いです。でも、その一方でハレの商品を求めている。基本的には日常生活は節約に徹するけれども、自分が大切だと思っているものにはお金や時間を使ってみたい。その結果としてハレ志向が強くなっている。そういう解釈が自然かなと思います。
9番目は情報質志向です。できるだけ本質的・実質的な情報を選んでいきたいというのが65%。10番目は食安全志向です。これは放射能の問題があるのではないかと思います。11番目の本格エコ志向もやはり6割を超えています。そして、12番目はエシカル消費志向で、社会貢献の姿勢が見える企業を応援したいというのが6割以上と非常に強くなっています。これ以外にもあるかもしれませんけれども、少なくともこの12項目は何をするにも非常に重要な消費者の大きな価値観かなと思います。
私は最初、震災で日本人の価値観は右から左に変わったと思っていたのですけれども、これを見ると、実は今までのトレンドがより強くなっている、そんな感じがしました。Jフロント会長、大丸松阪屋会長の奥田務さんも、「バブル崩壊で日本人の消費行動は大きく変わったが、東日本大震災の影響でその変化の流れがより速く急になった」(日経MJ6/22)と言っておられます。ただ、奥田さんはバブル崩壊で変わったと言っていますが、私はちょっと違うと思っています。私はさっき言った1997年をピークに年収が伸びなくなった時点から変わったと思っているのです。皆さんはもうお忘れかと思いますが、拓銀や山一證券が破綻して、それまで母船団ということでお上に守られていた日本の根幹的なシステムが音を立てて崩れ始めたのが1997年で、そこから年収も頭打ちですし、日本の神話が崩れていった。それが日本人の価値観に一番大きく影響を与えているのではないかと思っています。
また、うちの部はある商品がヒットしているのはなぜかということを分析していまして、今年のヒット商品を見ると6つぐらいの大きな切り口があるのではないかと思っていますので、それをちょっとご説明したいと思います。これも今どんな物が欲しいかという大きな価値観のトレンドではないかと思っています。
1番目は、「ひと手間カスタマイズ」と呼んでいるのですが、パッケージ化されていて工夫の余地がない商品・サービスではなく、ひと手間を加えて、自分にぴったりの使い方や楽しみ方ができる商品・サービスです。今年のヒット商品第1位はスマートフォンで、タブレット型もありますけれども、自分の好きなアプリケーションを入れて、自分ならではの使い方をどんどんカスタマイズしていく。そういうところが魅力になっています。あと、AKB48も今年すごい人気でした。これは自分が応援するメンバーを中心に、グループの楽しみ方がファン1人1人違っている。こういうのも「ひと手間カスタマイズ」の要因かなと思います。 また、今年はホームベーカリーが第3次ブームと言われています。米粉パンがつくれる製品が出たのが火付け役になっているのですが、それだけではなくて、いろいろな材料を入れて自分ならではのパンを自由自在につくれる。あと、「ちょい足し」というのも流行語になっていて、もし震災がなければ今年の流行語大賞は「ちょい足し」ではなかったかなと私は思っています。食べられるラー油というのも、豆腐にちょっと足したり、餃子にちょっと足したりというので、人気が今でも高いです。 2番目は「ソーシャルリンケージ」。社会と結び付くということが感じられる商品で、「より良い未来」の実現に向けて生活の質の改善に役立つ商品・サービスです。今年の夏は節電が国民的な課題で、電力の見える化が節電を促したり、今年のヒット商品の中には扇風機やLED電球がかなり上位のほうに入っています。 3番目は、これはちょっと耳慣れない言葉かもしれませんが、「ゲーミフィケーション」という言葉があります。これはゲーム化する、ゲームとして楽しんでしまおうという意味で、他ユーザーと競い合うなどのゲーム性を取り入れることで、プロセスを楽しめる商品・サービスのことを言います。具体的に言うと、例えばホンダのハイブリッドカーはエコカーですし、携帯電話を接続して、燃費のデータが携帯電話でアップロードされるんだそうです。そうするとエコドライブランキングが出てきて、今回は3位だった、来月はもっとうまい運転をしようなんていう、そんな感じになるんでしょうか。
また、SNS(Social Network Service)で、ちょっと説明しにくいのですが、みんなが「今ここにいるよ」と教え合うサービスがあります。あるお店に来た人の中で、1位は誰というのがあったりで、いろいろランキング方式になっている。この辺もおもしろいと思います。
それから、市民交流を促す地域通貨「メイコン・マネー」というのもあります。これもゲーム感覚の地域活性化策で、「メイコン」というのはアメリカ・ジョージア州の町の名前です。1枚のクーポンを半分に切って、それを町中にばらまきます。クーポンにはいろいろな柄があって、自分の持っている半券とぴったり合うものを見つけたら、その地域で通用する「メイコン・マネー」という通貨に換えることができます。それで、カフェやバーに行ったり、電車やバスで隣に座った人に、「私はこういうのを持っていますが、見せていただけませんか」とか言ってお互いに見せ合う。それが地域の住民交流を促すのに非常に有効だったわけです。そして商業的な地域活性化にもつながるというやり方です。あと、ゲームフィットネスジムというのもあります。これもゲーム感覚で楽しめて、フィットネスの人気そのものも上がっていく。これもゲーミフィケーションというやり方だと思います。
4番目は「小ハレ探し」です。節約や「震災で自粛」を意識する日常の中でも、ちょっとしたハレの気分・時間をつくったり感じたりできる商品・サービスです。ちょっとしたハレという意味で「小ハレ」と名付けました。建築中のスカイツリーを見に行くついでに下町観光をしたり、ホームベーカリーでつくったわが家ならではのパンを持ち寄ってホームパーティを開くなんていうのも、今年の夏、はやったそうです。
5番目は「セルフプロデュース」と名付けてみましたが、「他人から見られる自分像」を能動的かつ自律的にプロデュースできる商品・サービスをいいます。SNSの中でも代表的なフェイスブックで、自分は今日こうしたとか、こんなことを考えたとか、見る人の目を気にして自分を演出して書くわけです。有名なのは丸の内朝大学ですが、なりたい自分になるために朝から自己啓発をする。それから、お姉系タレントというのも今人気ですけれども、これも自分が人からどう見られるかをあえて演出している。傍目から見るとちょっとうさん臭いのですが、それは逆に言うと自分はこういうふうに見られたいということを前提に演出しているということで、セルフプロデュースのところに入れています。
そして、6番目ですが、「共創型消費」と名付けてみました。これは新しい社会システムやライフスタイルを生み出そうという気持ちが感じられる商品・サービスです。震災がもたらしたヒットトレンドとして、今これが非常に強いんじゃないかと私は思っています。今回の震災には「震災」ともう1つ、私は「信災」と書きたい気分のものがあります。今まで信じていたものが、信じるに値しないということがわかった。例えば政府だって何をやっているんだかよくわからない。いまだに復興プランすらできていない。東京電力も今まで一生懸命やっていると思っていたけれども、けっこうずさんだった。原子力事故は起きないと言っていたのに、これだけ悲惨な事故が起きておろおろしている。そういうときに自分たちがもっと関与しなければいけないという当事者意識が今、日本人の中に非常に強く出てきていると思うのです。つまり社会を変えていきたい。10年後の社会に自分たちが当事者としてかかわっていかなければこの国はだめだと、そういう思いが非常に強くなっていると思います。
ただ、1人の生活者が社会全体を変える力を持っているかというと、現実には持っていません。ではどうすればいいか。同じ方向を向いている企業の商品を買うとか、その企業を応援することによって、企業の力を借りて社会をよりよい方向に導いていきたい。そういう考え方の人が今非常に増えていると思います。自分を含めて私たちのためにお金を使いたい。そしてもっといいほうに変えていきたい。そのために同じ方向を向いているような企業と手を組んでいきたい。そういう気持ちが今強いんじゃないか。代表的なのは「JR東日本パス」で、復興支援やお見舞いなど、さまざまな移動をサポートすることを目的として、通常より安い値段でパスを発売しました。こういうことが企業と消費者が共創して新しい社会をつくっていくということではないかと思っています。目の前の選択肢から選ぶしかなかった「受動型消費者」から、企業や社会と共に新しい何かをつくっていく「共創型消費者」に変わってきている。逆に言うと、そういう消費者に応えていくことが非常に重要ではないかと思っています。
最後に、同じ歴史上のトピックスでも、教科書や解説書はつまらなくて、歴史小説は面白いのはなぜでしょうか。
答えは、これはあくまでも私の主観的な洞察ですが、登場人物の目を通じて、出来事が自分の目の前で起きたかのように感じて、感情移入できるからです。例えば本能寺の変は教科書や解説書だと何年何月に京都で何とかかんとか、それまでに明智光秀がどうとか書いてありますが、それが小説になると、多くは織田信長が主人公だと思いますが、織田信長の目を通じて、出来事がまるで自分の目の前で起きたかのように展開していく。つまり、自分を投影できる物語性があることで、「自分ごと化」は自然と実現するわけです。
では、物語をマーケティングに生かすにはどうしたらいいでしょうか。その前提として、世の中で一流と言われている物語を自己流に分析してみると、その構成要素はびっくりするほど共通していて、7つの要素があれば物語ができてしまうのです。起承転結の順で言いますと、「起」の部分の要素は2つあります。1つは「主人公」の設定です。生別、年齢、職業など、外見的な設定と言ってもいいと思います。そして、もう1つは「目標」です。その主人公の目標は何か。何が主人公を支えているのか。そういう2つの要素が最初の部分に出てきます。
「承」の部分にも要素は2つあります。1つは「敵」があらわれるのです。敵は形があるものだけではなくて、目標への到達を妨げる元凶です。その結果、主人公は「ピンチ」に陥ります。ピンチが大きければ大きいほど、物語としてはおもしろくなります。
「転」の要素も2つあります。「味方」があらわれて、それでピンチを脱して、最終的に「勝利」する。
勝利するわけですから、ここで物語が終わってもよさそうなものですが、一流のものはここで終わらないのです。「結」の部分で、最後に「ご褒美」として、冒頭にはなかった望外な獲得物が出てきます。例えばシンデレラは継母にいじめられてピンチになるわけですが、物語がだんだん進んでいって、最後は王子様から求愛される。最初の部分ではそんなご褒美なんて考えてもいません。
また、感動的な青春物語も大体同じようなパターンのものがあちこちにあります。ちょっと下ネタっぽいんですけれども、真面目な話なので聞いてください。「主人公」は高3のハイスクール最後の夏を前にした童貞の男の子です。「目標」は、この夏休み中に童貞を卒業するということです。「敵」は、女の子になかなか声をかけられない、気の弱い自分自身です。その結果、「ピンチ」になります。このままではまずい。童貞のままで夏休みが終わってしまう。そこに「味方」が現れます。奇特なかわいらしい女の子です。その結果、「勝利」として、何とか童貞を卒業できた。でも、ここで終わったのでは単なるHな話で終わってしまいます。感動的な物語には「ご褒美」があって、それは何かというと、恋のほろ苦さを知って、心が大人に成長することなんです。本人からしてみればそんなのはどうだっていいんです。最初のうちはやりたいだけなんです。でも、そうじゃなくて恋のつらさを知って心が成長する。この「ご褒美」がつくことによって一流の物語になるわけです。ボリュームで言うと、最後のご褒美なんて1%にも満たない。ものによっては数行です。でも、それがあるのとないのとでは物語の質が大違いなんです。
さて、これをマーケティングに展開すると、「主人公」や「目標」は、ターゲットとなる消費者を考えることです。これはマーケティングの基本です。こういう商品が好きな人はどんな人なのか。どんな生活をしているのか。何が目標なのか。そういうことを考える。もうそこから勝手に物語が動き出していきます。
「敵」や「ピンチ」というのは、不満だったり、克服したい課題だったり、満たされないニーズなんです。
そこに「味方」として商品が現れる。そしてその商品の機能を使うことによって、だんだん生活がハッピーになっていく。不満は解消され、ニーズは満たされます。「勝利」するわけです。これで一応いいわけですが、一流のマーケティングは、最後の「ご褒美」をちゃんとつくってあげなければいけないのです。不満が解消されて、もしかしたら家族に変化があられわるかもしれない。ここまで描き切らないと、感性を刺激する感動的な消費動機は生まれません。
私はいろいろな企業で研修とか商品開発のお手伝いをすることがあるのですが、10人いれば10個の物語が出てきます。だけど最後のご褒美は1つか2つしかないのです。非常に数少ないものに収斂します。それが見つかったらしめたものです。ご褒美が宿るような商品とはどんなものなのか。また、それを伝えるコミュニケーションはどうあるべきかを考えいく。ご褒美から発想するというのが私のやり方です。
これはサントリーさんの黒烏龍茶の例ですが、サントリーさんは広告もうまいですけれども、マーケティングの姿勢が非常にうまいなと思います。物語で解釈をすると、主人公(ターゲット)は、メタボが気になってきた中年男性で、でも脂っこい料理が好き。目標は、このまま太り続けては大変。めざせ、生活改善&脱メタボ!
敵(不満・課題)は、いろいろな言い訳をしてダイエットを続けられない、弱い自分自身です。その結果、ピンチとして、食事の改善もおろそかで、運動も面倒で続かない。将来のメタボが心配。
そこに味方として、メタボを防ぐトクホのお茶が出てきます。そして勝利として、これなら無理なく続けられる。メタボから逃れられるかもしれないとなるわけてす。
一応これでニーズは満たしたわけですが、サントリーさんが非常に上手なのは、最後にご褒美感のあるメッセージをちゃんとお出しになっているのです。このお茶を飲めば脂こい好物を心置きなく食べられるようになり、食事が、ひいては人生が楽しくなる、というわけです。ご褒美があることによって上質な物語が完成して、消費者はその世界観にすっと入って行ける。つまり「自分ごと化」がより進むということだと思います。
皆さんにも心に残る広告がいくつかあると思います。この商品は一体何を売っているのか、この商品を買った人は何を買ったのか、それをもう一回考えてみてください。車を買ったとして、その車を買うことによって何を買ったのか。そういう思いで広告なりコミュニケーションを見ていただくと、そこにご褒美が感じられる商品は非常に売上がいいということに気付かれると思います。そういうことで商品の真の価値がわかるわけです。また、その価値を伝える最適なコミュニケーションはどうあるべきかもわかるし、今後はどのように商品を育てていくべきかということも、ご褒美を見つけ出すことによって初めてわかるわけです。それには、私は通常は、ワイワイガヤガヤと行うワークショップ方式を推奨しています。
最後にもう一回、ACEのお話をします。
認知・注意(attention)、理解(Comprehension)、「自分ごと化」(Engagement)を具体的に進めていくために、認知というのは広告会社の用語で、なるべく多くの人にリーチする。でもいっぱいリーチすればそれだけお金がかかりますから、費用対効果も重要です。なるべく多くの人に伝えたい。でもなるべく安くしたい。高リーチと費用対効果のコンタクトポイント。コンタクトポイントというのは企業と消費者との接点です。例えばテレビとか流通とかお店とか、いろいろなものがあります。それを選んで、インパクトの強い、記憶に残るメッセージを出していくことが重要です。
次の段階として、競争力のある商品特性・差別性というのを、メリハリの効いた、納得感のあるメッセージで納得してもらう。これで理解できるわけです。
でも、ここで終わっては「いまいち」です。マーケティングは最後の「自分ごと化」まで踏み込んでいかなければいけません。そのためには自分を重ね合わせられるトレンドとか物語性をうまく活用して、人生の喜びが伝わる感動的メッセージを出していく。その商品を使うことによって人生の喜びがさらに増えていくとか、こんな喜びがあるよという、そういうことを伝える感動的なメッセージで最後に「自分ごと化」を促進していく。私の思うマーケティングは基本的にはこれです。ニーズを満たすだけでは、普通のマーケティングです。何回も言いますが、マーケティングのゴールは「自分ごと化」です。ですから、最後に「自分ごと化」までいけるよう、トレンドとか物語を利用して、うまく感動してもらう。これが重要ではないかと思っております。
以上が日常の私の仕事を通じた、私なりの理論というか考え方です。それに共感していただくかどうかは皆様のお考え次第ですが、ご参考にしていただければということで、今日、お話をさせていただきました。
ご清聴、どうもありがとうございました。(拍手) (了)