2012年6月講座
「「社員食堂」がもたらしたブランディング
─タニタの広報戦略─」
株式会社タニタ 広報室室長
猪野 正浩 氏
最近、タニタは社員食堂をやっている会社として知られているようですけれども、れっきとした健康計測機器のメーカーでございまして、今日は我々の事業についても少しPRさせていただきつつ、実際にタニタの広報戦略でどういったブランディングをやってきたかということをお話しさせていただきます。そして、本講演が、今後の皆様の広報活動や経営戦略の一助になれば幸いと存じます。
それでは、始めさせていただきます。
まず、タニタの会社概要です。創業は1923年ですが、株式会社化したのは1944年で、あと2年ぐらいで70周年を迎える会社です。資本金は5,100万円ですので、会社の規模的に言うと中小企業の部類に入ります。社員数は、東京本社に250人弱、秋田の工場を合わせると大体700人ぐらい。そして、中国の東莞市に工場がございまして、その他、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの拠点の人間を合わせると、グループで大体1,200人という人数になっております。事業内容としましては、基本的には業務用の計測計量機器のメーカーで、さまざまな機器を製造・販売しております。
次に、タニタの事業領域ですが、「健康をはかる」さまざまな商品・サービスを提供しております。まずハードの部分では「健康計測機器」として、活動量計や歩数計、体組成計、体脂肪計、水銀計、尿糖計、クッキングスケール(料理秤)、血圧計等々、健康にかかわるさまざまな機器をつくっております。
もう1つ、ソフトウェアでは「健康管理サービス」ということで、我々の持っている健康計測機器をインターネットにつなぎまして、ウェブで健康管理をする「からだカルテ」というサービスをやっております。さらにその根っこになるプラットホームとして、「Health Planet」というものを持っています。これはAPIを一般に開放しまして、自由にアプリケーションがつくれるようなサービスを展開しています。それから、「FITS ME」という、サーキットトレーニングのスタジオをプロデュースしています。それともう1つ、今有名になっている丸の内タニタ食堂で食のサービスも提供しています。こういうところから見ますと、タニタという会社は健康に関して、食、運動、休養というサークルを可視化して、提供するというサービスをワンストップでできる企業体に今なっております。
次に、具体的な商品・サービスについてお話をさせていただきます。
タニタという会社が中小企業のわりにはなぜここまで生き残ってこられたかというと、これは先代社長からなんですけれども、世界初、日本初といったユニークな商品を開発して、新しいマーケットをつくってきたからです。まず1992年に世界で初めて、乗るだけで体脂肪がはかれる体脂肪計を開発して、発表させていただきました。このときは価格が50万円もして全然売れなかったんですけれども、それから2年後、1994年に一体型の体脂肪計を開発し、2万円で売らせていただいたところ、これが大ヒットしまして、タニタという名前が日本中に広まりました。
それから、これはちょっと専門的になりますけれども、家庭用8電極式部位別体組成計というのがありまして、体脂肪率とか基礎代謝量、筋肉量を、体に微弱な電流を流して、その電気抵抗値を使って推定式で算出しております。我々の8電極式の場合、両手両足式ということで、手首に電極が2つずつ4つ、足の部分に4つ、計8電極で電流を流しますので、体を5分割してはかることができます。体の体幹部、右腕、左腕、右足、左足と、部位別ではかれる家庭用の体組成計はタニタしかございません。現在もそうです。
それから、日本初、透明電極採用体組成計というのは、体組成をはかる場合には微弱な電流を流してはかるので、必ず足の部分に電極を4つ配置します。けれども、電極の部分がどうしても目立ってしまう。特にガラスを使った製品になりますと、やはりスタイリッシュな形に見せなければいけないということで、初めて透明式の電極、酸化インジウム・スズを使って、ガラスのデザインを際立たせるような体組成計を開発しました。
あと、世界初の携帯型デジタル尿糖計というのもあります。実は体の中の糖というのは、摂取されてから大体99%、体の中を回るんですけれども、それで吸収しきれなかった糖が尿として排出されます。その排出された尿の値をはかりますと、実際に血糖値と尿糖値の相関が非常にとれていることがわかっていまして、これを見ることによって自分は糖尿病になりかけているのかどうかがわかるようになっております。これは実はクラス3の医療機器になっていまして、PR活動は何とかできるんですけれども、広告は打てないという悩みがありまして、これをどう広めていくかというのが、今、我々の課題の1つとして挙がっております。
それから、無拘束で計測できる睡眠計があります。これは腹巻のような形をしており、睡眠の状態をはかることができる睡眠計です。精製水がマットの中に入っていまして、先端部がセンサー部分になっていて、ここにコンデンサーマイクロホンが入っております。ここで体の動き、振動を拾って、体動、脈拍数、呼吸数、この3つの周波数を分離させます。そこに我々独自のアルゴリズムを組み合わせることによって、ノンレム睡眠かレム睡眠かを4段階で表示することができます。この睡眠計のいいところは、それを点数で評価できることです。100点満点で50点以下になると、お医者さんに行ったほうがいいんじゃないかとか、大体50点以上取ればよく眠れているとか、そういう判断ができるようになっております。これも医療機器に入っているんですけれども、クラス1ということですので、いろいろな形でPRすることができます。実はがんじがらめに拘束されて、ぺたぺた電極を張って脳波をはかるPSGという医療機器があるんですけれども、私どもの睡眠計はそれとの相関が非常に高くて、PSGではかったものとほぼ同じような値が出ていまして、エビデンス(科学的根拠)もとれた商品になっております。
あと、世界初の腹部脂肪計もあります。体の不自由な方、寝たきりの方は、実は意外とメタボリック・シンドロームになりやすい、脂肪がつきやすいという問題がありまして、立ってはかることができない方のために開発したのがこの腹部脂肪計です。これのいいところは、上と両脇からレーザーで腹囲をはかることができるんです。メジャーではかると、はかる位置とか人によって誤差が出るんですけれども、これを使うと非常に正確に腹囲をはかることができます。なおかつ内臓脂肪を間接的にはかることができる。こういった体の不自由な方にも使える機器を開発して、商品化しております。
それでは、我々が考えている広報とはどういうものなのか。これは当たり前のことかもしれないんですけれども、我々は「広報=コミュニケーション力」だと思っております。我々の考えているコーポレートメッセージ、マーケティングメッセージを、いわゆるメディア=新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、インターネットを通して、ステークホルダーの方に届ける。弊社の場合、ステークホルダーというのは、コンシューマー商品をやっていますので、一番近いのは消費者の方です。それから当然、取引先もありますし、金融機関もあります。内部的には従業員のほうにもきちんとした情報を届けなければだめだというふうに思っております。そういうことも含めて、メディアを通してステークホルダーとコミュニケーションをとっていく。そのためには、有益な情報を、ここが大事なんですが、いかに継続的に発信していくかがポイントになります。点での情報発信では、はっきり言えば通じません。常に連続性があって、継続性がある、そういう情報をいかに発信していくか。大企業では毎週のようにニュースリリースをいろいろな形で出されています。我々の場合、話題というのはそんなに簡単にはつくれませんが、それでも月平均2本以上はニュースリリースを出せるような体制を組みながら情報発信をしております。
広報担当者の必須事項ですが、これはあくまでも私個人の考えですけれども「広報担当者は情報の営業マン」というふうに位置付けて、部下にも指導をしております。そのためにはさまざまな引き出しを持っておくべきだと思います。自社の商品情報は当たり前ですけれども、社会・経済の動き、トレンド等、引き出しの数が多ければ多いほどマスコミの方とのコミュニケーションもしやすくなりますし、取材をしていただけるチャンスにも恵まれてきます。我々はただ単に情報を送りっぱなしにするのではなくて、できる限りフェイス・ツー・フェイスのやりとりを行っています。ニュースリリースを発信するときには、主要なメディアさんはアポイントを取れないことが多いんですけれども、それでも基本的には記者クラブ以外にもそれぞれの新聞社の担当の方に直接資料をお持ちして、我々の伝えたいことをわかっていただく。そうすることによってコーポレート(ブランド価値)を高め、マーケティング(販売支援)にも生かそうと考えております。そのためにも、的確で効果的なアピールをやっていくことが大事だと考えております。
次に、情報に「価値」を与えるということです。媒体に合わせて価値のある情報に加工して発信するということを心がけております。自社の情報としては、コーポレート(経営、社員食堂、事業展開)、マーケティング的には商品、サービス、キャンペーンということですけれども、これをメディア、新聞で言えば経済部、生活家庭部、社会部、テレビで言えば報道番組、情報番組、バラエティー、それぞれに応じて我々が情報を加工して、有効な形で提供しています。
そして、ここからが本論になってくるんですけれども、我々が今非常に心がけてやっているのは「プラススパイラル」の構築ということです。話題が話題を呼ぶ「プラススパイラル」を構築していく。プラススパイラルというのは何かというと、「話題」がまずあります。「話題」をあるメディアの方が取り上げて、「取材」していただくと、それが「報道」という形になります。例えば本で言えば、報道されることによって本が売れます。そうするとまたそれが話題になって取材が入り、また報道される。これがぐるぐる回転する状態を、我々は「プラススパイラル」をつくっていくというように考えております。
これを社員食堂の事例でご説明させていただきますと、社員食堂のレシピ本が発売されたのは2年前の2010年1月ですが、当初私どもはこの本がこれほどまでのキラーコンテンツになるとは全然想定していませんでした。我々の考え方が世の中に少しでも伝わればいいねというところで、出版社の方からオファーをいただきまして、それで出させていただいたのが第1弾のレシピ本です。5万部売れたらヒットと言われたレシピ本を、出版社さんも最初は強気で初版を1万5,000部刷りますと言っていたんですけれども、直前になって1万2,000部に減りました。それが一般紙の新聞の書評で取り上げられて、じわじわと本が売れ始めて、あれよあれよという間に2010年11月には100万部を突破しました。取材が一番多かったのは7月、8月なんですけれども、その前、2月ぐらいからぼちぼち取材が入り出したんです。2月、3月ぐらいで大体30万部を突破して、そこからほとんど毎日のように取材が入りました。本当に500キロカロリーでおいしいのか、満腹感が得られるのかということで、実は社員のための社員食堂で一般には開放していなかったんですけれども、マスコミの方々がそれを検証するということで必ず社員食堂で食べて帰っていく。それで満足して、これはやっぱり本当だねという形で報道していただいた。ここで1つのプラススパイラルができました。
次に飛びついたのがテレビです。本当においしくてやせることができ社員食堂があるということで、テレビの情報番組から非常に多くの取材が入りました。これがまた1つの話題を呼んで、2011年7月には累計200万部を突破して、またこれがプラススパイラルとして回っていきました。テレビの場合、キー局さんが6局ありまして、一たん6局の取材を受けて、それで我々は終わりだと思ったんですけれども、実はそこから番組ごとの取材が入り始めまして、相当な数の番組で社員食堂の話題を取り上げてもらいました。その後、社会現象みたいな形になってきまして、テレビの「ワールドビジネスサテライト」や「ニュースウォッチ9」、そして、「金スマ」では大島美幸さんと鈴木おさむさん夫妻の「タニタ生活」ということで、2時間枠で3回放映していただきました。この影響が大きくて、その翌日、書店と、アマゾンも含めてインターネットの書籍販売から、我々のレシピ本(の在庫表示)が一気に消えました。
その後さらに販売数が増えていきまして、2011年10月には累計400万部を突破しました。これでそろそろ終わりかなと思ったんですが、その後もいろいろ話題が続きまして、今現在で483万部になっています。ちなみに、今年上半期のトーハン、ニッパン調べのベストセラーでワン・ツー・フィニッシュを飾らさせていただいています。2年前に出した本がいまだにベストセラーになっているというのも驚きですけれども、先ほど言った、話題が話題を呼ぶ「プラススパイラル」を我々がアプローチしてきた結果だと思っております。
そして、この経験を我々は今回の「丸の内タニタ食堂」のPR展開に活用したわけです。話題性を生かしつつ、主体的な情報発信をするということで、まずは11月に新事業についての記者発表会を開催しました。続いて12月にプレイベントを、いわゆる話題づくりということで3回実施しています。12月14日には日経さんの「丸の内キャリア塾」、19日には同じく日経さんの「総務セミナー」、22日には読売新聞さんとコラボレーションした「大手小町セミナー」を実施しました。いろいろな層のお客様をお呼びして、レストランに対してのご意見、味に対してのご意見、そういうものを当然マーケティング的に使うということはありましたが、事前の開催で、まだ誰も食べたことがない、まだお客さんが入っていない中でプレミア感が出せるようにして、それをブログをやっている方はブログ、ツイッターをやっている人はツイッターで広げてもらえるような形をとりました。
1月に入りまして、オープン前日のプレスプレビューという形で、プレスの方々をお呼びしまして、実際に試食と取材をしていただきました。その翌日、11日にグランドオープンということで、プレスプレビューに来たところは当然オープンの日も取材していただけるだろうと、ある程度先読みしまして、ちょっとしたセレモニーを30分間だけやらせていただきました。その後に囲み取材を入れさせていただいて、話題の醸成ということに取り組みました。
もう1つは屋外広告でのPRということで、1月に入ってからJRの丸の内側のサイネージを使って、1カ月間、「丸の内タニタ食堂 1月11日オープン」と流させていただきました。あと、有楽町側にビックカメラさんのビックマルチヴィジョンというのがあるんですけれども、ここでもオープン前の2週間、「11日オープン」という広告を打たせていただきました。そして現在も各種メディアの取材対応、あと、イベント開催による話題づくりを継続してやっております。
我々は新事業についての記者発表会を、新事業の立ち上げと協力会社との提携を話題づくりに活用しています。11月の新事業についての記者発表会には40媒体62名の方がおいでになりました。少ないと思われるかもしれませんけれども、テレビの取材がかなり多かったということで、情報の拡散が非常にできたのではないかと考えております。
プレイベントの開催について言えば、バイラルマーケティングによる話題づくりということで、先ほど申し上げた、ターゲットの異なる3パターンのイベントを開催しました。「丸の内キャリア塾」に関しましては、丸の内のOL60名をお呼びして試食をしていただきました。アンケートにも非常に細かくいろいろなことを書いていただきまして、かなり叱責もありましたけれども、おおむね良好で、実際のグランドオープンに向けて修正していきました。当然、丸の内のOLさんの口コミで、広がったということもあります。
「総務セミナー」については、なぜこれをやったかというと、丸の内は就業人口が日本一多いところで、昼食難民が結構いるんです。社員食堂がないところ、外食に頼っているところに、我々の食堂を福利厚生で使ってみませんかということで、整理券方式を応用して、例えば10人分の食事を12時からとりたいというご注文をいただきましたら、そのチケットを前日にお渡しする形にしまして、そこで必ず食べられるようにしてあげる。そういう形で総務担当者の方にお話をさせていただいています。まだちょっとオペレーション的に難しくて、実際の成約まではいってないんですけれども、2~3社から具体的なお話をちょうだいしております。
「大手小町セミナー」は、丸の内界隈というよりは、一見さんというか、遠方からおいでになるような方々を対象にしたイベントです。銀座、有楽町を訪れる一般の男女で、午前と午後の2回に分けてやらせていただきました。
次は1月10日のプレスプレビューです。話題をどんどん盛り上げていったところで、オープン前日にメディアの取材を誘致いたしました。前日の報道を誘導して、グランドオープンへの関心を高めたということです。招致メディア数は56媒体、テレビ、新聞、雑誌、ウェブなどです。実は丸の内の食堂はマックスの席数が70席しかございませんので、一度にいろいろな取材をお受けできなくて、この日は3回に分けてプレスプレビューをやっています。午前中は新聞関係の方、お昼時に雑誌関係の方、そして、一番時間がかかる、クルーの数が多いテレビの方は午後2時からという形でやらせていただきました。たしかこのときテレビは17番組ぐらい取材に来ていただきました。
そしてグランドオープンです。話題が話題を呼ぶ「プラススパイラル」を醸成したということで、本来はやらないテープカットをやりました。オープンしたときは入り口が人で埋まってしまい、ほとんど出入りするすき間がないほどでした。我々の想定外だったのは、テレビ局にあわせて野次馬がすごく多くて、かなりのスペースをふさいでしまったことです。これが実は反省点として残っておりまして、今はできるだけそういうふうにならないような取材の受け方をしています。このときはテレビを中心に11媒体だったんですけれども、話題が話題を呼んで、オープン2カ月間で70件を超える取材を誘致することができました。オープンして半年たちましたけれども、いまだに丸の内の取材は続いております。
ちょっと話が前後しますけれども、実はすんなりとこういう体制ができたわけではなかったということを、お話しさせていただこうと思います。広報体制の変革ということで、我々は「受け身」の広報からの脱却を目指して、広報体制の抜本的な見直しをずっとやってきました。2006年以前の広報室は情報発信が年間10件程度で、メディアとのパイプもなく、一般紙やテレビなど、高望みばかりしていました。なぜこういうことが起きたかというと、世界で初めて乗るだけではかれる体脂肪計を開発して、そのときは競合社もなかったものですから、マスコミもかなり殺到しまして、それが当たり前のような状況になっていたんです。大企業で言えば大企業病的な、経営も含めて錯覚をしているような状況の中で私は2006年にタニタに招かれて、広報室長ということで仕事を始めるようになりました。
まずは、メディアリストというのがありまして、我々は今フェイス・ツー・フェイスでやっていますので、いろいろ担当記者さんの名刺をいただいたときにリスト化して、次の取材、もしくは発表会のときにご案内を差し上げるんですけれども、当時、実は800人ぐらいのリストがあったんですけれども、全くメンテナンスがされていない状態でした。もう退職されているとか、配置換えになっているとか、媒体そのものがなくなっていたり、ほとんど使い物にならなかったんです。これをもう1回つくり直さないといけないということで、まずメディアリストの抜本的な見直しと更新を実施しました。
もう1つ、これは賛否両論があるんですけれども、情報の出口としてある程度マスを稼ぐために商工会議所の記者クラブに加盟したいということで、かなり力を入れてお願いをしました。私は前職はマスコミにいまして、東商記者クラブに詰めていたこともあるんですけれども、すごく敷居の高いクラブで、幹事社さんを含め、総会を開いて全会一致でないと認めないということで、1回目の申請は却下されました。それでちょっと期間をおいて、2回目の申請でやっと記者クラブへの加盟が実現しました。
それから、報道資料作成の合理化とコスト削減にも取り組みました。私がタニタに来たときは、基本的にはインハウスですべてやっていたんですけれども、報道資料の作成と送るメディアの選別、あと配送関係をばらばらの事業者さんに発注していたんです。非常に効率が悪くて、こんなことにお金をかけていてどうするんだということで、合理化とコストの削減を進めました。
そこで大きな役割を果たしたのがPR会社との連携ということです。当時、広報の人間は3人で、うち1人の女性はアシスタント的なものでしたから、実質的には2人の状態でした。これではちょっと手がつけられないということで、たまたま中国でPRをするというお話があったときに、今後我々が効率的なPR活動をやっていくためにはプロフェッショナルの力もかりなければいけないということで、PR会社さんと連携をさせていただくことにしました。私どもはPR会社さんを単なる一下請業者というふうには見ていません。我々は「広報チーム」という名前を使って、イコール・パートナーでやっています。ですから、PR会社さんにしても、イベント会社さんにしても、もっと言えば広告代理店さんもそうなんですけれども、イコール・パートナーという形で分け隔てなく、きちんとした付き合い方をしています。ただし、あんこのところは全部インハウスでやります。いわゆるルーチンのところと、あとはちょっと知恵をかりたいというときにお願いしているだけです。報道資料の作成等、メディアプランも含めてすべて我々のほうで考えて、それを具体化するときにPR会社やイベント会社を使うという体制をつくっています。
もう1つはメディアコンタクトの強化です。これは先ほどのメディアリストと密接に関係していまして、新聞は足で書けと言われますが、我々も足でコンタクトをとれということで、できるだけ多くメディアの方とコンタクトをとるようにしています。今は業務がかなり詰まっていまして、なかなか回ることができないんですけれども、社員食堂がブレークする前は地道にいろいろなメディアに情報を持っていって、直接お話をさせていただいて、メディアリストをどんどん新鮮なものに変えていきました。
それと、情報発信の強化です。先ほども言いましたけれども、点の情報ではだめなんです。継続的にシームレスに情報発信をしていかなければいけないということで、月平均、大体2件以上は必ず何らかの形で情報発信をし、メディアを誘致するというように徹底してやっております。
あと、人材の確保と育成ということも非常に大事です。私がタニタに来たときには、基本的にはプロパーの人間ともう1人、私の前任者がやっていたんですけれども、今のメンバーは4人で、実はもうプロパーの人間はおりません。みんな外からスカウトしてきた人間ばかりになっています。私が、彼らとだったらやっていけるという人間を選んで、能力を伸ばしながら、PR活動をやっています。プロパーの人間を育成しなければいけないということで何度となくチャレンジはしたんですけれども、会社にいる人間ですから、やはり会社のことが大事なのでインサイダー的な見方になってしまうんです。私が考えるに広報はアウトサイダーでなければだめで、第三者的な立場で客観的に会社のことを見ていかないと広報活動はうまくいかないというふうに考えておりますので、そこのところは当然社内で味方をつくりながら、いろいろなことを言いやすい体制をつくりつつ、今の体制になっています。そういうことで今までの「受け身」の広報から、積極的に攻める広報へと変革をしている途中です。
現在の広報活動ですけれども、戦略的な広報計画の立案と実施ということを心がけています。広報活動の計画化という点では、年間のメディアプランを大まかな部分で作成します。ある程度見えていないとその場その場では対応できませんので、年間のメディアプランを作成して、それを広報の人間がすべてシェアできるようにしています。これは事業部のほうにも逐次話をして、このタイミングで記者発表をやろうとか、このタイミングでリリースをしましょうとか、そういう話をさせてもらっています。
もう1つは責任の明確化ということです。取材を受けるか受けないか、報道資料のチェックなど、部下に任せてはいますけれども、やはり表に出るものですから、すべて最終チェックは私がやっています。しんどい作業なんですけれども、これがないと責任がきちんと取れませんので、そこのところは徹底してやっております。
それから、情報発信力の強化ということで、新商品・新技術、企業情報などの広報リソースを価値ある情報に加工して提供する。これは先ほど言いましたように見せ方、訴求のポイント、こういうところをうまく出せるようにしています。
そして、メディア訴求力の強化ということで、メディアに訴求できる記者発表会プランの作成・実施というものをやっています。
これは当たり前の話なんですけれども、立案、実施、検証、改善のPDCAサイクルで回すということを徹底しています。すべてにおいて仮説を立てて、これを実践して、検証した上で、それをまたフィードバックする。そういうスタイルを何回か繰り返してやっております。ただ教科書どおりやっても全然成長しません。失敗も非常に大事で、失敗を繰り返しながら、よい方向に持っていけるようなスタイルをとっております。
次に、活動事例をご紹介します。
活動事例の1つとして、1日の総消費カロリーがはかれる活動量計「カロリズム」シリーズの新商品の記者発表会の例を挙げたいと思います。「カロリズムレディ」、「カロリズムダイエット」という商品は、「カロリズム」シリーズの第3弾になります。去年、「モバビュー(モバイルビュー)家電」という言葉がはやりまして、持ち運びができる携帯型家電というジャンルで訴求しようということで、F1層、20代の女性にうまく訴求できるイメージモデルとして、藤井リナさんに登場していただきました。このときの招致メディア数は63媒体100名なんですけれども、新聞、テレビだけではなく、ウェブでの拡散を狙いまして、インフルエンサーなるブロガーも30人ほど招致して、6月1日発売に向けて一斉に情報を拡散させるという形をとらせていただきました。
活動事例の2例目ですが、協力企業・団体との連携によるプロモーションということで、我々は「ミス・ユニバース・ジャパン」と連携して、ミス・ユニバースのコンディショニングをサポートするビジネスをやっております。去年の6月8日、業務用につくられたマルチ周波数体組成計を美女の卵たちとマッチングさせることによって、マスコミの誘致を図りました。招致メディア数は30媒体38名だったんですけれども、カメラがたくさん来て、翌日かなり写真を使った報道をしていただきました。業務用機器に関してはこういうスタイルのものはなかなかできなかったんですけれども、こういうやり方をすることによってメディアを誘致して、露出することができるということが検証できました。
これからなんですけれども、我々は新たな広報戦略として「市場創造型広報への進展」ということをテーマとして掲げています。これまでの広報は、マーケティング的な広報とか、コーポレート広報とか、いわゆる戦略的広報と言われているんですけれども、それプラス、マーケット・クリエーション広報ということで、我々が資料をつくってしまう。入り口から出口、刈り取りまで全部やってしまう。そのためには事業部、営業、販促、広報の枠を取り除いて、タニタのブランド力を活用した新たなチャネルを開拓し、競合他社が参入できない独自のマーケットをつくる。今こういうことに取り組み始めています。
まず、第1弾の仕掛けですけれども、「ランチボックス・プロジェクト」ということで、三越・伊勢丹グループと関係を構築しまして、まず4月に銀座三越さんで1週間限定でランチボックスを販売しました。多いときには1日800食を2時間ぐらいで完売することができ、1週間累計で約6,000食を販売させていただきました。銀座三越さんでは1日の最高のお弁当の販売数は300食だったんですけれども、これをあっさりと塗りかえさせていただきました。それだけ弊社のヘルシーメニューに対してのお客様の関心が高かったということがうかがい知れます。
これで期待を持たせつつ、第2ステージということで、来月上旬からまた三越さんで、今度は常設で販売を予定しています。中身についてはこれから発表なので控えさせていただきます。それが終わった後、実は我々はお弁当だけ売るつもりでこのビジネスをやっているわけではありませんでして、次の第3ステージもあります。これもちょっと企業秘密なので言えないんですけれども、新ジャンルの商品を投入して、話題の拡散と継続性を実現するために、今、百貨店に対してのアプローチを強めております。これも企画、プロデュース、オペレーションに関してはすべて広報室のほうで仕切ってやっております。
「市場創造型広報」の仕掛けの2番目として、「まるごとタニタ生活体感ツアー」というパッケージツアーをつくっています。我々は健康に関して、食、運動、休養ということをワンストップで提供できるような仕組みを整えておりまして、これを実際に皆さんに体感していただくことを目的に、我々と読売旅行さん、休暇村さんの3者で連携してパッケージツアーを企画しました。これは全国5カ所の休暇村で健康プログラムと一緒にタニタ商品を体験していただいて、健康意識の高い優良顧客を囲い込みたいというふうに考えております。第1回目は6月30日、7月1日で、石川県の休暇村で実施する予定になっています。実はこれは、なかなか社員食堂では食べられないというご要望におこたえするという意味もありまして、地域発信で、石川県を中心に募集をかけています。もう満席でして、今、キャンセル待ちの状態になっています。
広報の対応の基本は、謙虚に誠意を持ってやることです。我々はこれを徹底しております。今、上場企業は3,646社ありますけれども、メディアの数には限りがありますので、タニタを選んでもらうために何をするのか。その先兵となるのが広報ですので、地道な活動を積み上げながら、継続的に行うことが重要だと考えております。
まとめになりますけれども、企業における広報部門のポジションは、ここ数年で大きく変化しています。最近は「戦略型広報」と言われるようになって、その役割も経営機能の1つと位置付けられるようになってきています。しかし、こうしたポジションにどれだけの企業の広報部門、ましてや広報担当者のスキルが追いついているか、私個人としてはちょっと疑問が残るかなと。私の持論は先ほども申しましたように「広報=コミュニケーション力」ということで、これは大企業も中小企業も関係ありません。ある情報を価値あるものに加工して、ステークホルダーに正しく効果的に伝える。そのために常に社内外にアンテナを張りめぐらせて、頭の引き出し、ナレッジの数を増やす。
例えばペットボトル入りの水を売るためにはどうしたらいいかということをイメージして、それを具体化、具現化して、行動に移すことができないと、広報担当者としてはいかがなものか。これは実は人に教わるだけでは身につきません。さまざまな広報の指南書とかマーケティング理論から学ぶことはできますけれども、実際には教科書どおりにいかないのが現実です。時代も動いています。ですからどれだけ多くの現場をこなしてきたか。つまりどれだけ経験を積んできたかでスキルアップがはかれると思っております。ですから、タニタの広報室に関しては、前年踏襲型の仕事はしていません。常に新しい視点で広報活動を実施しています。こうしたことを踏まえまして、先ほど申しましたように、「市場創造型広報」の実践というのが今年度の大きなテーマになっています。
これまで広報部門は経費部門の1つと言われ続けてきました。その結果、よく言われる広告換算とか、いろいろな指標をソフト化して、これだけ貢献しているという数字を出していますけれども、はたしてそれでいいのかどうか。経営側が広報を経営機能の1つとして考えるのであれば、もう一歩進めて、我々の部門も収益部門にしていくべきではないかと考えています。弊社の場合は幸い風通しがよいというか、部門間の垣根を取り除きやすい部分もありますので、今のところは広報室がマネジメントして、ワンストップで実現するようなことをやっています。これによって、我々の商品の特徴的な部分を最大限に生かして、競合他社が参入できないマーケットをつくっていく等、いろいろなプロジェクトを動かしていまして、今後もそれをきちんと形にしていくように努力しています。
当然これらのことは我々広報室が勝手にやっていることではありません。ちゃんとトップ、事業部、関係部門と必ず連携して進めております。会社の姿勢として、方向性として、こういう形で今マーケット・クリエーションを進めているというのが実態であります。
最後になりますけれども、謙虚さと誠実さが新しい道を開く近道であります。それを繰り返し実践しながら、今年の最大のテーマである「市場創造型広報」、ある意味では刈り取りまで広報部門がすべてやってしまうという形のフレームをつくっていきたい。そして、来年度はそれを生かして次の広報の戦略を打ち立てていきたいと考えています。
以上をもちまして私のお話を終了させていただきます。ありがとうございました。(拍手)
(了)