2012年7月講座
「トヨタの環境取り組み」
トヨタ自動車
環境部環境渉外室担当部長 兼 総合企画部CSR室担当部長
長谷川 雅世 氏
私は1999年にトヨタに中途入社し、ずっと環境を担当してまいりました。トヨタは私の入社以前から環境に対する取り組みをしてきていましたが、2003年、2004年ごろ企業の不祥事が相次いだのを契機に、各社、CSR(企業の社会的責任)室などを置いてきちんと取り組むような時流になってきまして、トヨタも遅ればせながら2007年にCSR室を立ち上げ、そのとき私はCSR室長を拝命することになりました。それから3年間、環境から離れておりましたが、ずっとやってきた環境に戻してもらいたいという希望がかなって、2010年からまた環境に戻りました。そして、会社自体、環境は環境部に、CSRは会社の経営そのものということで総合企画部の中にCSR室を移しまして、今、豊田市の本社のほうに置かれています。私は東京本社におりまして、総合企画部のCSRも兼務して東京のほうでのCSRの担当もしておりますが、この状況で、現在は主に環境を担当しております。環境問題は1960年ぐらいから顕在化してきて、90年代に入って地球規模での環境問題にフォーカスされてきていますが、私どもの会社もそれに応じていろいろと活動を進めているところでございます。
トヨタの概要ですが、今、国内の生産拠点は12拠点、海外の生産拠点は26カ国・地域で、50拠点で生産をしております。生産台数は今のところ国内394万台、海外462万台で、従業員は全世界で32万人を数えております。
トヨタは1997年に初めて、ハイブリッド車(HV)「プリウス」を市場に出しました。99年には国内生産累計1億台を達成しまして、2008年にはプリウスの販売も100万台を達成しましたけれども、2009年に大規模リコールが発生したことは皆様ご存じのとおりでございます。2010年にプリウスは販売累計200万台を達成しましたが、最初、ハイブリッド車を出した当初は、本気でやっているのかというようなことを言われたこともありましたけれども、いまやいろいろな自動車にハイブリッドを積むようになりまして、今一番、環境に対応できる車として、私どもも取り組んでいるところです。
トヨタには、創立者の豊田佐吉が掲げた5つの遺訓、「豊田綱領」というものがあります。1つ目は、「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を上ぐべし」。これを現代風に言いますと、社長から社員一人一人まで心を一つにして誠実に業務に当たって、世のため、人のため、地球のために貢献していこうということです。2つ目は、「研究と創造に心をいたし、常に時流に先んずべし」。卓越した考えや先進技術を世界に広く学び、自らの知恵を絞って新たな価値を創造して、いつも世界をリードし続けなければならない。3つ目は、「華美をいさめ、質実剛健たるべし」。体裁や見映えをつくろわずに、愚直に、堅実に、正面から本質に取り組まねばならない。4つ目は、「温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし」。相互信頼と対等なパートナーシップを大切にして、人材育成と強いチームワークづくりを進めなければならない。そして、5つ目は、「神仏を崇拝し、報恩感謝の生活をなすべし」ということです。これは、トヨタの営みは多くの人々や社会によって支えられていることに感謝し続けようというようなことです。こういうことを理念として社業にいそしんでいるところでございます。
ここからトヨタの環境活動の理念と方針ということでお話をさせていただきます。
今申しましたような豊田綱領を基本といたしまして、私どもは92年に「トヨタ基本理念」、どのような会社でありたいのかということを設定いたしました。同じく92年に、リオ・サミットに向けて、いろいろなビジネスも地球環境にきちんと取り組まねばならないということで、経団連が地球環境憲章を策定し、トヨタもそれに賛同して地球環境憲章をつくっております。
2011年には、未来に向けてきちんと活動をしていこうとする「トヨタグローバルビジョン」を発表いたしました。それから、「環境取組プラン」ということで5カ年ごとに自分たちで目標を設定して、それを検証し、PDCAを回して、環境への取り組みを進めているところです。
「トヨタグローバルビジョン」というのは、人々を安全・安心に運び、心までも動かすというようなことですが、環境のところでいいますと、人と地球の幸せのための多様な環境車のラインナップ、最先端技術の環境車をつくっていこうということです。トヨタグローバルビジョンに流れる精神は、リスペクト・フォー・ザ・プラネット──地球環境に寄り添う意識を持ち続けるということで、これを環境への配慮に置きかえますと、生産、物流、販売活動における省エネ、CO2の削減、リサイクルなど資源有効利用への取り組み、そして、自然との共生に向けた人づくり・物づくりというようなことで、この理念をもとに環境にも取り組んでいるところです。
そして、トヨタ環境取組プランについては、ただいまは2011年から15年までの第5次環境取組プランに従事しているところですが、社会、地球の持続可能な発展に貢献しようということで、低炭素社会の構築、循環型社会の構築、環境保全と自然共生社会の構築、そして環境マネジメント、こういうところで取り組みを進めております。
そういうものを推進していくために、92年に環境憲章をつくったときにトヨタ環境委員会というのを設置いたしまして、代々の社長が委員長についております。事務局は環境部で、その下に生産環境委員会、製品環境委員会、資源循環委員会を置きまして、海外の地域別の環境委員会、それから、トヨタのグループでオールトヨタ生産環境会議等々と連携しながら、生産会社を軸に、国内、海外で連動して環境に取り組んでおります。
環境のマネジメントということでは、持続可能な社会の実現に向けて、連結会社、取引先と連携した環境取組を推進する枠組みを構築しています。
連結会社との活動ということでは、方針を共有して、連携した取り組みを推進しております。トヨタの中では地球環境憲章の展開、取組プラン等々をしておりますが、それを連結会社にも共有していただき、国内ではオールトヨタ生産環境会議ということで、車両や主要な部品の生産会社と一緒に会議を進めております。それから、オールトヨタ生産環境連絡会というものを部品生産会社と一緒に取り組んでおりますし、オールトヨタ物流環境会議を物流会社と一緒に進めております。海外におきましては地域別に環境委員会を置きまして、欧州、北米、中国、豪亜、南ア、南米等々で進めております。
取引先との活動ということでは、ガイドラインを展開しまして、自主的な取り組みを要請しております。具体的には「トヨタグリーン調達ガイドライン」というものを策定いたしまして、これを説明会でご説明をして取り組んでいただく。また、販売店に関しましては、トヨタ販売店CSRガイドラインとコンプライアンス環境チェックリストを共有しまして、こちらを活用して環境に取り組んでいただいているところです。
それでは、具体的なトヨタの環境取り組みの柱と最近の活動について、お話しさせていただきます。
まず製品の取り組みですけれども、その背景には気候変動の問題があります。産業革命以降、石油等のエネルギーの消費がどんどん多くなってくると地球が温暖化し、CO2濃度も上がっていく。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が科学的知見を集めているのですけれども、その報告を見ても地球の温度は上がっているようですし、それに基づく気候変動の影響もいろいろ出てきている。このことはもう否定できないと思います。そういうことが背景にありまして、製品に与える影響としては、燃費規制がどんどん厳しくなってきています。日本においては、区分別の燃費基準の台数加重平均で、リッター当たりの走行距離を上げていかねばならないということで燃費規制がありますし、アメリカでもCAFE規制ということで、マイル/ガロンで規制が上がっていく。欧州においても1km走るごとのCO2の排出量をグラムで計算して、この排出量を下げる方向にいかなければいけないということで、どんどん厳しくなっております。中国もどんどん基準を厳しくしているということで、自動車会社にとりましては、燃費のいい車をつくることに専心しなければいけないということになってきております。
では、どのようにそれに取り組むのか。もちろん技術革新でどんどんハイブリッド車をつくったりしていくということかと思いますが、エンジンの効率の向上だけでなく、駆動系の改良、空気抵抗の低減、転がり抵抗の軽減、車両の軽量化等々、実際には細かな地道な技術の積み重ねでこれが進んでおります。国内平均では2008年には93年と比較しますと31%の燃費の向上が見られましたが、トヨタでは37%向上しております。
ただ、環境にやさしい製品ということでは一律ではなくて、適時、適地、適車ということで、近いところを走るとき、それから、乗用車全般、中・長距離というようなことで、近距離のところでは電気自動車が優位性を持つかもしれませんが、普通に走る分にはこれまでのガソリンの乗用車、またはハイブリッド車などが優位性を持つだろう。将来的には中・長距離では燃料電池車が非常に有用になるのではないか。大型のところはとりわけそのようなことかなというふうに考えております。
そして、私どもは究極の環境車ができ上がるまでハイブリッド車が応じていかねばならないということで、2012年4月には世界の累計販売でハイブリッド車が400万台を突破いたしました。弊社の試算によりますと、同じ大きさの車が走っているのと比べると、二酸化炭素が約2,200万トン削減できたという計算がございます。私どものハイブリッド車は、小型車から大型車まで、どの重量でも国内の燃費基準を上回っています。
これからお話しするのは生産の取り組みです。1990年から2009年までの部門別の二酸化炭素の排出量を見ますと、日本は、家庭部門、業務部門は大体横ばいからちょっと上がっていますけれども、運輸部門は削減傾向にあります。ドイツと日本だけが運輸部門の排出量の削減に成功したと聞いております。産業部門においても二酸化炭素の排出量は減っています。これは企業努力もありますが、リーマンショック以降、生産自体が減ったということもありますので、減った減ったと喜んでいていいかどうかという点ではありますが、このように、生産活動における二酸化炭素の排出の削減に地道に努力をしております。
主要産業のエネルギー効率を見ますと、日本は他の国と比べて非常に効率がいいんです。2006年の時点で、電力を火力発電で1kw/Hつくるのに必要なエネルギー指数を見ても、鉄を1tつくるのに必要なエネルギーを見ても、日本は非常に効率よく生産をしています。石油製品も他の先進国に比べると日本は非常に効率よくつくっています。セメント等々もそうです。これを見ても、日本ばかりが二酸化炭素の排出量削減義務を負わされているような国際的な取り決めというのは、なかなか受け入れがたいということがおわかりいただけるかと思います。
国内の二酸化炭素の排出量の比較ですけれども、自動車が産業全体に占める割合は1%です。実際には自動車工業界、車体工業界で0.47%、部品工業界では0.52%、産業車両は0.01%ということで、自動車の生産に占める二酸化炭素の排出というのは非常に小さいことがおわかりになるかと思います。
一方、運輸のところでは全体の20%ということで、車の燃費も大事ですし、それから、いくらいい燃費の車をつくっても渋滞ばかりしていたのでは燃費の向上につながりません。あと、がんがんエンジンをふかしているようではそれもまた困ったものですので、エコドライブに努めるなど、運輸関係ではまだまだ削減努力が求められるのかなと思っております。私どもトヨタグループは、グローバルでも、日本国内でも、削減努力をしているところです。
トヨタの車の生産工場でのCO2の排出状況ですけれども、車のプレス、溶接、塗装、組み立て、それからパワートレインの内外の装飾品をつくるところ等もかかってきますし、そういうことを全部含めて車ができ上がるわけですけれども、実際には塗装、鋳造、機械、鍛造、空調等々で、革新技術と改善による省エネを進めて、二酸化炭素排出の削減もしております。画期的な生産性向上によるCO2削減の推進ということで、工程の短縮、設備のシンプル・スリム化等、また、改善ということでは、無駄やむら、無理を排除して、日常的に改善を進め、寄せ止めとか、非稼働時間の設備の停止等々、非常に細かな努力によって削減努力を進めております。
そして、塗装の工程では中塗乾燥を廃止して、CO2の排出量を15%削減しました。性能的に言っても何ら変わりがないということで、その分の電気の使用が減っております。その結果、CO2の排出量が削減されているということです。それから、鍛造の工程でもアルミ鋳造の保持炉の放熱防止によりまして、CO2の排出量を50%削減しました。改善前は熱が放出されていたのですけれども、保持炉にふたをすることでCO2の排出量が50%削減されたということです。
生産全般で言いますと、工程ごとにピーク電力、直間電力の見える化をいたしまして、エネルギーロスの低減でやはりCO2の排出量を50%削減することができました。使っていないときは電気を消すというようなことですけれども、そういうことがきちんとされると二酸化炭素の排出が半分になったということです。
あと、事例としまして、徐々にいろいろな工場をサスティナブルなプラントにしようということで、自然を活用して、自然と調和する工場づくりを進めております。まずエネルギー低減というのは、今申しましたような低CO2の生産技術の開発と導入、日常の改善、あと、エネルギー転換ということで、再生可能エネルギー、太陽光などの活用をしております。また、地域との交流、生態系の保護ということで工場の周りの森づくり活動などにより従業員のエコマインドの向上にも貢献しております。このようなことを一体化して、私どもではサスティナブル・プラントというふうに呼んでおります。
グローバルモデル工場としては、英国、フランス、タイ、米国にサスティナブル・プラントのモデル工場をつくりまして、これを徐々に進めていこうとしているところです。この構想はリーマンショック以前にありまして、一時止まっておりましたが、また復活いたしまして、これからいろいろな工場をサスティナブルにしていこうとしているところです。
そのようなことでいいことばかりかといいますと、革新的な技術の車をつくるとCO2の排出も増えていく場合があります。ハイブリッド車は、燃費は非常にいいのですけれども、二次電池工程等のCO2の排出量が増加しますので、全体的にはCO2の排出が増える場合もあります。車両の燃費が上がっても、生産のときに二酸化炭素の排出が増えることもありますので、車から出る二酸化炭素ということでは、LCA(Life Cycle Assessment)で考えていかなければいけないということです。
次に、トヨタのリサイクルの取り組みについてお話をさせていただこうと思います。
トヨタは創業時代からリサイクルの取り組みをしてきました。「華美をいさめ、質実剛健たれ」ということで、創業から1950年代までは市中のスクラップから鋼をつくるとか、プレス端材で部品をつくるとか、物の命をまっとうせよというようなことで、創業のころからリサイクルの製品がありました。そして、70年代、モータリゼーションが到来しますと、大量処理、自然循環対策ということで、廃車をシュレッダーするトヨタメタルという会社を設立しました。また、工業用油剤の再生事業等も始めまして、トヨタケミカルという会社もつくりまして、リサイクル事業に取り組んでおります。90年代になりますと、自前のリサイクル高度技術、ASRプラントを稼働させまして、シュレッダーダストで出てきたものからウレタンを選別し、防音材をつくったりするというような形で、リサイクルに取り組んでおります。
それから、トヨタリサイクル設計解体研究ということで、研究所もつくりました。使用材の変化に沿った回収循環の事業化ということで、トヨタ通商を主体とした回収網も構築して、全般的にリサイクルに取り組んできました。
トヨタはこれまで、廃車シュレッダー事業の開始、フロンの自主回収の開始、ASRのリサイクル等々、リサイクル関連の法律、循環基本法ですとか、フロン回収破壊法、自動車リサイクル法の施行に先んじてリサイクルに取り組んでまいりました。
車両のリサイクルですけれども、最終ユーザーから取引業者が車を回収しますと、使用済み車両をプレスし、取り外し、それからASRのところをし、そしてリサイクルし、埋め立てなどにいくのは1%ということで、リサイクルの実行率は99%まで上がっています。リサイクルの向上のために解体性の向上の設計や、資源循環技術の開発などを推進中で、99%というのはこれ以上できないぐらいということかと思いますけれども、より一層リサイクルしやすい車づくりに取り組んでいるところです。
あと、ハイブリッド車の電池も回収しております。回収した電池で充電をし、太陽光パネルでつくった電気をそこに蓄電して、販売店の電気使用に使う、これがうまくいくといろいろな販売店にも展開できるということで、このようなことも今、実証実験中でございます。
今までリサイクルのお話をしてまいりましたけれども、あと、トヨタでは自然共生の取り組みというものもしております。トヨタの森づくりということで、日本と海外のいろいろなところで森づくりをしています。日本では里山・中山間地・奥山の活性化ということで、豊田市の本社の近くにトヨタの森というのがございますし、あと岐阜県白川村等々で里山の活性化をしております。それから、三重の人工林の再生をしたり、あと工場での森づくりということで、物づくりと自然の調和というようなことをしております。
海外においても、フィリピンの熱帯林の再生植林、砂漠化防止ということで中国の植林、それから、オーストラリアでは天然林に依存しないパルプ材の調達ということで、ここでも植林を行っております。人と森がバランスして、自立的に森づくりが継続することで、人づくりや地域との連携を通して、森づくりがほかの地域に広がっていくということで、森づくり、人づくりといったものが循環するように工夫をしております。活動の現地定着化を図るために交流センターを設立しまして、緑化技術者の育成、緑化技術の情報発信などを推進しております。
それから、トヨタ白川郷自然學校というのがあります。地域との共生をテーマに、日本一美しい村に日本一の自然学校をつくり、環境への思いを深めるきっかけといやしの場を提供するということで、2005年に開校いたしました。ホテルもありまして、掘ったら温泉が出ましたので、「星と温泉のリゾート」というキャッチフレーズもあるくらい、非常にきれいなところです。地元には民宿があり、そこと競合しないために、地元の民宿が日本料理をお出しになるのに対し、こちらではフランス料理にしています。そして、宿泊料もちょっと高めにしまして、地元との共生ができるように工夫をいたしております。それから、専用のNPOも設立しまして、実際には環境教育の運営などはNPOにお願いしています。「トヨタ」と付いておりますが、トヨタの従業員のためだけの施設ではなくて、一般に公開しております。大人も楽しめる環境教育のプログラムもございますので、皆様も機会がございましたらぜひ行っていただければと思います。
ここで、唐突ですが、私も携わっておりますWBCSD(World Business Council for Sustainable Development)、持続可能な発展のための世界経済人会議についてちょっとお話ししたいと思います。本部はスイスにありまして、持続可能な発展を企業経営の中心に据えようとする世界の主要約200社が集まって活動しております。産業界はそれまで環境に負荷を与えるものとして認知されていたのですが、92年のリオ・サミットのとき、きちんとサスティナブル・ディベロップメントに貢献するんだということで、かじを切る、チェンジング・コースということで名高い提言書を出しました。ヨーロッパが中心ということでくやしい思いもしておりますが、会員企業の時価総額は約5兆米ドル、年間の売上は7兆米ドル、全メンバー数の従業員を合わせると1,500万人にもなるということで、ここが動くと世の中も動くと言われております。
この会議は、持続可能な発展に関連した課題の産業界におけるリーダーシップをとっていこうということで、産業界として政策提言を行い、模範事例の実践とその情報提供をしていくとともに、グローバルネットワークを通じて発展途上国の未来への貢献をしようということで動いておりまして、日本では現在23社がメンバーになっています。
トヨタは1995年からここのメンバーで、2000年から10年間、豊田章一郎名誉会長が副会長を務めておりましたけれども、現在は東芝さんに副会長をお願いしております。ただ、私どもの張会長がここの理事を務めておりますのと、豊田名誉会長は終身名誉委員ということで名前が挙がっております。いろいろな環境への取り組みをしておりまして、途上国でもメンバーのところがありますのと、日本でも経団連が地域パートナーということで、このネットワークも含めますと非常に大きな組織ということが言えるかと思います。
ここには4つの重点分野がありまして、1つは企業の役割ということです。そもそもWBCSDがCSRの概念をつくったのですけれども、企業だけの責任ではないので、今は企業の役割、ビジネス・ロールというふうに言いかえております。2つ目は、エネルギーと気候、3つ目は、途上国の開発、4つ目は、生物多様性のもう少し上位概念で、生態系というようなことで、この4つの大きな取り組みをしております。あと、システム・ソリューションズというようなことで、活動の中心になっております。
セクター・プロジェクトというのがありまして、そこにはモビリティーというのもあります。鉱工業、タイヤ、電力、セメント等々、メンバーの人たちが産業別にプロジェクトを行ったりして、自分たちがサスティナブル・ディベロップメントに対して先進的にイニシアチブをとっていくということなんですが、ちょっとうがった見方をすれば、ここできちんとリーダーシップをとって、自分たちがビジネスをしやすいようにしていくという言い方もできるかもしれません。日本のメンバーとしては何となくここから情報を得るのが大きなねらいだったりするのですが、実はヨーロッパの会社などはここでいろいろな世界基準をつくっていくようなところがありますので、日本はもっと積極的にこういうところを活用して、自分たちがビジネスをしやすいように、もっと戦略的な使い方をしていかなければいけないんじゃないかと、日本のメンバーの方々と今相談しているところです。
4つの重点分野で言うと、とりわけエネルギーと気候というところが重要になってくるかと思います。ここは日本からは東芝さんがメンバーになって活躍していただいております。私どもは一時、貧困問題にも関心があったときがございまして、途上国の経済発展というところに身を置いておりますけれども、これから途上国でビジネスをしていくというところでは、こういうところも非常に活用できるのではないかと思っております。あと、エコシステムというところで、日本では日立製作所さんがリーダーシップをとって頑張っておられます。
ここで、WBCSDの中で行ったサスティナブル・モビリティー・プロジェクトのご紹介をいたしたいと思います。ちょっと古い話になるんですが、2000年から2004年にかけて実施したプロジェクトがあります。道路輸送における人・物・サービスの持続可能モビリティーに関するグローバルなビジョンを策定するということで、当時、BP、ダイムラークライスラー、フォード、GM、ホンダ、ノルスクハイドロというノルウェーの電力会社、それからミシュラン、ニッサン、ルノー、シェル、トヨタ、フォルクスワーゲンというところで、共同議長はGMとトヨタとシェルが務めました。当時、世界の8大自動車会社がここに参画しております。それまで「サスティナブル・モビリティー」という言葉はなかったのですけれども、ここでそういう言葉をつくりまして、競合するところが未来のサスティナブルなモビリティーを考えて、非常に良い活動ができたと思っております。
2000年にこのプロジェクトを発足させまして、ステークホルダーとの対話やワークショップを開きまして、2004年に最終報告書「モビリティー2030」を発表しました。そのときに、このままいくとモビリティーは2030年にはサスティナブルではないので、7つの目標を持って活動していかなければならないという提言をいたしました。1つは、輸送関連の従来型排出物、大気汚染物質を、公共の健康への深刻な懸念にならないようなレベルまで削減していく。2つ目は、輸送関連の二酸化炭素の排出量を持続可能なレベルにまで抑制していく。これはCO2の削減といったことです。3つ目は、衝突事故における世界の輸送関連の死亡や重傷者数を大幅に削減していく。先進国では死亡や重傷者数は減少しているのですが、途上国でこれからモータリゼーションが進みますと、どうしても一たんはこういうものが増加してしまうのは否めないので、これを極力下げていく必要がある。4つ目は、輸送関連の騒音を削減していく。5つ目は、渋滞を緩和する。6つ目は、最貧国の人々や、いろいろな国で経済的、社会的に恵まれない人々にとって、モビリティーの格差というものが存在するんですけれども、これを縮小していく。そして、今まで言ったことは全部ネガティブなものを極力少なくしていきましょうということですが、7番目には、それだけでは夢がないということで、モビリティーの機会をより一層高めていこうと。この7つが実現されれば2030年にモビリティーがサスティナブルであるということを提言したわけです。でも、これは企業や業界だけでできることではないし、国だけができることでもないので、社会のあらゆる階層の協力と努力が必要だというような提言書になっております。
それから、WBCSDでは2010年に「ビジョン2050」を発表しました。これは、これから激動の10年が始まるけれども、そのときには全体的な統合的なアプローチが必要だろう。それから、変革のときには今までと違うオルターナティブな、代替技術のあるドライブトレインとか燃料が必要であろう。そして、2050年になれば普遍的な、非常に環境負荷の低いモビリティーが普及しているだろうと。こういうふうにあらねばならないというようなことを述べているわけでございます。
実は2004年に完了したプロジェクトではほとんど電気自動車のことにふれられてなくて、今思いますと自動車の技術というのは日々刻々と変わっているんだなと実感しています。世の中のほうが先に進んでしまったということですので、WBCSDでもこれから新しいサスティナブル・モビリティーのプロジェクトを立ち上げようとしているところでございます。
サスティナブル・モビリティー・プロジェクトのまとめですけれども、持続可能なモビリティーの課題においては、最善の方法を見つけなければなりません。その一方で、社会のあらゆる部分からの貢献が必要になります。将来に向けては自動車会社だけでできることは限られていますので、いろいろなステークホルダーと協力して進めていくことになりますが、来年ぐらいからまた同じメンバーが集まって、2030年を超えたサスティナブルなモビリティーについてこれから研究を進めていこうとしているところです。
またトヨタの話に戻ります。今、ヨーロッパを中心に、「自動車締め出し論」が言われております。これはもちろん自動車単体の技術を上げるということが大前提なんですけれども、町の中から車を排除して、できるだけ歩いたり、自転車に乗ったり、あるいは非常に低燃費の自動車しかだめだというような、アボイド、シフト、インプルーブというようなことが言われているのです。私たちは、いろいろなところでお客様方にいろいろな選択肢がある「モーダル・ミックス」ということが大事だと思っていまして、単なる自動車締め出しになるようなことは避けていかねばならないと思っております。
では今後、車はどうしたらいいのかというと、技術革新が車の進化だけでなく、車と情報、エネルギー、インフラをセットで考えることで、車が単なる移動手段から社会システムの一部として、さまざまな課題へ新たな解決策を提供できるように進化していくことが必要だと思っています。CO2の削減ということでは、燃費の向上、そして次世代車の統合的対策が必要となります。社会システムとの共生ということでは、単なる移動手段から、情報発信、発電・蓄電機能を持つ社会システムに変換していく。それから、エネルギー・セキュリティーのところでは、エネルギーの多様化により化石燃料依存の低減をしていく。そして、モビリティーとしての進化ということで、独立した移動手段から高齢社会への対応、自動車、公共交通機関のシームレスな活用、こういうことができてこそモビリティーがサスティナブルであるのですけれども、そこには革新技術の進化等々が必要かと思っております。
このようなことも含めまして、豊田市では次世代都市の低炭素社会システムの構築に向けて、低炭素交通システム、家庭内エネルギー利用、商業・工業施設のエネルギー利用等の最適化に取り組んでおります。実際には、家庭内、交通部門、それから移動先ということで、まち全体でサスティナブルな移動手段についての実証が進んでいるところですけれども、ここから期待されるビジネスとしましては、自動車部門ではPHVの拡販、それから交通部門の関連では交通需要の管理システム、ワンマイル・モビリティーのシェアリング、これは自動車のシェアですね、それから、家庭部門では地域エネルギーの需給のマネジメント、それからスマートハウス、ここではホームエネルギー・マネジメント・システム等々も行われまして、こういったことの実証実験をしているところです。
そこでプリウスの燃費低減の効果ですけれども、同クラスのガソリン車と比べるとCO2を62%削減することができ、30km走行するときのランニングコストは、深夜電力などを使うと非常に安価に充電することができます。
車の充電にかかる電力消費は、これまで使っていないものでしたので、余分な電力消費になるのですけれども、一般家庭で全体の33%ぐらいの費用になるだろうと試算されています。こちらもピーク時を抑えて充電すれば、費用も電力需要との関係も改善できるということが言えます。
20世紀はガソリン自動車が発展、進化してきましたが、車が進化して失ったものもあります。それは風と共に走る喜びではないでしょうか。人は馬に乗って風を感じて、自由に走り回っていたのです。それはガソリン自動車の時代になっても基本的には変わらないのですけれども、エネルギー問題や地球温暖化などによって移動距離が制限されたりして、多少窮屈な手段に変わってきました。でも、次世代車の実用化で、再び自由に気兼ねなく走り回りことができるのではないでしょうか。
それから、進化によってドライバーが失った世界として、かつてよく訓練された馬は乗り手が眠ってしまっても家に連れて帰ってくれましたが、今は飲んだら運転してはいけない時代になっております。車の普及は正常な健常者を前提として進められてきましたので、お年寄りや障害者、未成年者には不自由な世界となったとも言えます。でも、これからは車を利用しつつも、モビリティー格差のない、安全で、かつ環境にも利するような社会へと変えていく必要があると思いますし、そういうことが実現化されていくと思います。
それから、かつては馬に乗って仲間と会話をしながら旅をすることができましたけれども、車は基本的には閉じ込められた移動手段になっていまして、孤立した空間となっています。隣を並走している車のドライバーと会話を楽しむということはできなかったわけですけれども、これからの車はITSとかCPS(サイバー・フィジカル・システム)によって、相互につながって同時に自由に移動できるような機動性を備えた移動手段にならねばならないと考えられています。車はどんどん進化していくことが望まれるということです。2030年、2050年にはどういう車になっているでしょうか。概念としてはいろいろ難しいところもあると思うのですけれども、私たちはこれからも移動する喜びをお客様方に提供し続ける会社であらねばならないと考えております。
豊田佐吉がいろいろ言っていることの中に、「障子を開けてみよ。外は広いぞ」という言葉があります。私たちはこれをよく引用するんですけれども、これからグローバルな社会でどんどん活動していくには、原点に返りつつも、外の世界を感じながら、皆様に喜んでいただけるような車をつくっていかねばならないと思っております。そこで環境に配慮するということも大変大事なことと考えております。
今日はいろいろはしょったりしまして、お聞き苦しい点もあったかと思いますが、以上で講演を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。(拍手)
(了)