2012年10月講座
「中国~巨大国家で何が起きているのか?」
神田外語大学アジア言語学科教授
興梠 一郎 氏
今日は中国の話をいたしますが、皆さん、テレビや新聞等で中国について詳しい人が増えておりますので、私は、一研究者として自分なりの視点で、これから中国を見ていくときに、短期的、中期的、長期的にどのように見ていけばよいかというところをお話ししてみたいと思います。
まず、今いちばん日本人が気になっている「反日デモ」とは何だったのでしょうか。
私なりに分析すると、あの反日デモの中を区分けして見ていくといろいろなことが分かってきます。もちろん反日の部分もありますけれど、そうでないところもかなりあって、反日デモを詳しく分析すると、今の中国社会が抱えている問題が浮かび上がってきます。政治、経済、社会、外交も含めて、いろいろな問題がわかってきます。
この写真をご覧ください。これは中国に出回っている写真で、中国版のツイッター「微博(ウェイボー)」に載ったものです。中国ではアメリカのツイッターは禁止されていますので一般にはこの「ウェイボー」というのが使われています。それでこの写真は、中国の警察が、そのウェイボーに載せた写真です。深圳(しんせん)での反日デモの時に車を壊したりパトカーを壊したりした破壊行為を働いた青年たちということで、写真をネット上に流して「自首してこい」ということなんですね。数人が自首してきたことが現段階でわかっていて、そのプロフィールが非常に面白いのです。
一体彼らは誰なのか。深圳の市民じゃないんですね。豊かな経済特区の深圳の市民ではなくて、彼らはみんな農民なんです。農村から出稼ぎに出て来た工場労働者で、深圳の町に仮の住まいとして住んでいる若者たちです。だいたいが80年代、90年代生まれ。バーリンホウ(80后)、ジョーリンホウ(90后)と中国では言いますが、一人っ子政策の中で育ってきた人たちです。若干年齢の高い人もいますけど、大半はそうです。あとは無職ですね。今は非常に景気が悪くなっており、広東を含め輸出ががた落ちしています。中国にとって最大の貿易相手であり輸出先のヨーロッパの景気が悪くなってきて、受注が減り工場が生産停止になっていたりしています。街をブラブラしている人たちが、実は反日デモに名を借りて破壊行為、略奪行為を働いていることは明らかです。もちろん真面目に反日をやっている人もいます。彼らは同じTシャツを着て、配られた旗を持って整然とデモをする……こういう人はむしろエリートですね。ところが、途中から都市に入ってきた人たちには組織がない。
中国の都市には今、2つの階層の人たちがいるのです。階級といってもいい。一つは組織人で、組織に属する人たち。共産党員であったり、会社員であったり、大学生であったり。そこでは動員をかけて反日デモをやっています。
一方で、非組織人がいる。こういった人たちを中国では「社会人」といいます。社会に属する人たち。大半が農民です。住居は地下室だったり。こういった人たちが実は反日デモの後半の破壊行為を働いたのです。だから地元の中国人は、いい迷惑だと言っています。日本車に乗っているのは地元の都市市民です。日本車に乗れない人が壊している。半ばヒガミとかねたみとか、都市に対する恨みとか、日ごろから虐げられ、差別されているものですから、そういった怒りが一気に、富めるものの象徴としての日本車に向けた破壊行為に及んだ。スーパーなんかもそうです。買えない人が破壊している。このことをまず日本人は押さえておかないと、十把一絡げに中国人が反日をやっているととらえると、被害者としての中国人が見えなくなってきます。今回やられているのは大半が中国人ですね。日本車に乗っていてやられたのは中国人なんです。そこを日本側としては冷静に見ていく必要があります。
このように、中国の都会には今、農民と都市市民の2つの階級があるわけです。同じ中国人なのにコミュニケーションも出来ない。農民からみると「支配される」側なんです。都市市民が自分達を支配していると。一つの国民が真っ二つに階級で割れているということです。これは非常に危険なことで、中国政府も分かっていまして、へたをすると革命ということになりかねません。革命というのは、下の支配されている階級が上の階級を暴力でぶっ倒すという運動で、これがつい半世紀前に中国で起きているわけですね。農民達が地主だとか資本家を暴力でぶっ倒して中国共産党政権が出来上がった。毛沢東も農民出身です。ついに中国は半世紀以上経って、もう一回ぐるっと回って戻って来たということです。それが貧富の格差だったり、都市と農村の差だったり、ここに来てものすごく激しく分裂しています。この構造をなんとかして解消しないと国民が二つの階級に分かれて憎みあうということになってしまいますので、中国にとっては都市が抱えた大変な問題だといえます。おそらく21世紀、これから習近平氏がずっと抱えていく問題で、都市化する過程でこういった農民労働力をどうしたらよいか、これは最大の問題になってくると思います。
このことは中国に進出する日系企業にとっては、相応の社会コストが負わされることになると思います。今回、こういった社会コストを負わされるところがかなり目立っています。長年、中国を見ていますが、転機が訪れたな、質的に中国社会は変わってきているなと実感しています。
今回のデモを振り返ってみますと、8月はまだおとなしかった。15日に香港の活動家が尖閣に上陸して、日本に逮捕されて中国でデモが起きました。この時のデモはあまり激しくありませんでした。車を壊すことはありましたが、人が襲われることはなかった。日系企業は襲われていません。北京でもデモが起きたことになっていますが、実は起きていません。大使館の前でちょっとやって格好をつけただけでした。市内ではやらせませんでした。その後の動きを見ても、19日がピークで、深圳で車を壊したのはこのあたりで、あとはどんどん減っていきました。これを見ると、中国政府が何をしたいのかがわかります。「思う存分発散しただろう」「日本にモノ申したぞ」「民衆は怒ったぞ」ということで政治ショーは終わっていたのです。では何故、その後同じようなデモがあちこちで起きなかったのか、そこが大事なところです。つまり、やらせようと思えば出来るし、止めさせることは簡単だということです。これを中国では、「ファン」と「ショー」といいます。ファンとは開放する、放つ。ショーは治める。つまりすべて政府の思うがままで、デモはこの場所でやれ、ここから出たらダメだ、というようにあらゆるところで規定されているのです。8月の時点では尖閣諸島の国有化の騒ぎは起きていませんでしたから、私は当時、これで終わるのかなと思っていました。
ところが9月になって国有化宣言してからは、状況はまったく変わりました。狂ったように激しく反発し、暴徒化していったのです。
ウェイボーのこの写真で、デモを警察が誘導していることが、バラされました。デモ隊の服を着ているけど、警察官も入っています。小泉政権時代は、私服警官が相当入っているらしいという話は噂でしかありませんでした。ネットがまだ普及してなかったので、証拠がなかったからです。しかし今は、中国の民衆がネットでどんどんバラしちゃいます。公式データでは、今中国人の5億人ぐらいがネットを使っています。こうした人達が、ジャーナリストがバラさないことをどんどんバラしています。ジャーナリストは共産党に統制されていますので、自由に報道できないのです。一般の民衆は、地下メディアのネットでどんどん外国にも発信してきます。この7年間で、中国研究はまったく変わってしまいました。中国人が教えてくれることになったのです。国民が全部、暴露するようになって、共産党もたいへんです。中国は情報革命でたいへんな時代になっています。
デモ隊の中に私服警官が入って、デモを先導しながら、ビデオをまわしています。危険人物を探しているのです。「危険人物」とは、反共産党、反政府的なスローガンを出している人です。汚職撲滅、などと叫んだら、その瞬間に捕まります。
この写真は、デモ参加者に弁当が配られているところです。実は日当も出されていて、100元、1200円ぐらいですか。それもネットで全部バラされています。デモを冷めた眼で見ている中国人がこのように写真に撮って、世界中に暴露しています。今回、そのへんの仕組みが、かなりばれてきました。
青島のジャスコが包囲されて略奪にあい、億単位の被害を受けました。中国政府がここまで荒れることを予測したとは思えません。火をつけたらここまでなっちゃったということです。おそらく、都市にいる出稼ぎの若い人達がそういった動きに出ることは察知できなかったと思います。従来の反日デモのイメージで見ていた可能性があります。ところが都市には、不満を持っている人達が相当数います。今回、それを痛感したのではないでしょうか。だから今は、完全に封じ込めています。これから来月に党大会がありますので、こういった農村から出て来ている人などを相当厳しく監視しています。不安定要因としてです。今度反日デモを動員してやるにしても、今までみたいに気楽にやることは出来ないと思います。同じようなことになる可能性がどんどん高まってきています。このような暴動が起きることは、世界に向けて中国にリスクがあることを示しているようなものです。日本以外の外国の企業もこれを見て、好ましいとは思わないでしょう。いつ自分の国の企業がやられるかも知れません。2008年には、チベット問題でフランスのサルコジ大統領が中国に物申したものですから、カルフールがトラックに囲まれました。アメリカのCNNもデモの標的になりました。ですから、必ずしも反日だけじゃないのです。その時の当局の政治的要求によって、企業が対象になることはよくあることです。
中国の今の政権は、民間と政府を分けていません。2年前の漁船衝突事故の時に、日本のビジネスマンであるフジタの人が捕まりましたよね。あれは漁船の船長が捕まったことに対する仕返しなんです、おそらく。超法規的な報復です。日本は法的にやろうとしているのですけど、向こうは結果だけをみています。今、中国に13万人ぐらい日本人がいるようですが、日本政府は今後こういった中国の何でもありうるんだという体制の違いを知っておかないと、法人に累が及ぶことになってきます。こうした事態に対する予備知識をもって外交をやっていかないと大変な時代になってきました。
これは湖南にある関西のスーパー「平和堂」で、一般の人が撮った写真です。これを見て最初は、スーパー側は防備していなかったのかなと思ったのですが、一応、警官隊が暴徒が入るのをガードしていました。ところが、閉めてあったシャッターを開けて入られてしまいました。警官が出ているのですが、数が足りません。中国では、警官ではダメですね。中国人は警官をなめていますから。ワンランク上の武装警官でないと、中国人は全然怖がりません。一応、地元の政府はスーパーを守ろうとする意思はあったのかなとは思いますが、民衆の勢いのほうが上回ったということでしょうか、それ以上のことはわかりません。
2年前に成都のイトーヨーカ堂もガラスが割られましたが、中には入られませんでした。しかし、今回の平和堂は入られてしまいました。非常に大きな違いです。放火までされています。たいへんな事態になりました。中にあるいろいろなものが盗まれました。これはクリスチャン・ディオールですね。ローレックスとかディオールとか日本とは何も関係ないものが盗まれています。これはつまり、ただの火事場泥棒というか、日ごろからこういった物は買えないけど、欲しい人たち、若い女性も含めて気軽に入っていますけど、こういった人たちがついでにいただく、といったことになってしまったということです。
これは中国社会の闇の部分というのですか、非常に富める階層がいて日本製品とか外国の物を気軽に買える人がいる一方で、本当に高根の花というかとんでもなくぜいたく品に見える人たちがいっぱいいるわけです。中国の社会はそれだけ分裂しているということです。買えない人の数が圧倒的に多いということを物語っているのです。
今回のデモのもう一つの特徴は、毛沢東の写真がいっぱい出てきたことです。これは権力闘争の一環でもあって、今中国共産党の中には重慶の薄熙来元政治局員を支持する勢力がまだかなりいるのです。彼はミニ毛沢東的なことを重慶でやっていて、自分を賛美する歌を作らせたり、学者たちを周りに集めて本を書かせたり、メディアを取り込んで自分に関するいい記事を書かせたり、重慶で独立王国を作ろうとしていました。こういった勢いに乗って政治局常務委員になろうと、ひいては習近平を追い落とそうとしているというように見られていたわけですね。毛沢東の絵を持って出てきた人たちは薄熙来と通じていると言われています。
毛沢東を出してくるのは、貧富の格差に対する不満でもあるわけです。あの時代はよかった、みんな貧しくて平等だった、そういったイメージを持っているのです。毛沢東自身はプール付きの家に住んで、王侯貴族のような生活をしていたのですが、一般の民衆はそういうことをあまり知らされていませんでした。あの時代を美化している人がいっぱいいて、とくに若い人が多いのです。これが今後の中国の最大の問題ですね。
今日か昨日の報道を見ると、毛沢東思想を党規約からはずそうとする動きがあると伝えられていました。毛沢東が危険になってきたわけです。しかし、毛沢東を旗印にして出てくると逮捕できないのです。実際は、何でこんなに格差が開いているのだ、胡錦濤は何をやっているのだ、という痛烈な政権批判をしているにもかかわらず、です。
何故つぶせないかというと、天安門には毛沢東の肖像がかかっています。建国の父として、毛沢東の遺体もあります。お札は全部毛沢東です。毛沢東を掲げて出てくると、これはつぶせない。つまり今後中国の中で政変が起きるとすると、毛沢東を引っ張り出してくると思うのです。これだと撃てません。今回、毛沢東の肖像を掲げて出てきた人は捕まっていません。これは、中国の体制にとって非常に危険なことです。と言いますか、捕まえること自体が危険なんですね。捕まえられないからもっと危険になってくると思います。貧しい農民とか労働者はみんな共鳴しています。ちょっと頭のいい人がいて、毛沢東を掲げて出てきて、農民とか労働者を集めて政党を作ったらどうなります? その数は多いですよ。それを薄熙来がやろうとしたわけです、重慶で。ですから、非常に厳しい処罰を課す可能性があります。
実は今回のスロータンの中に、「薄熙来は人民のものだ」なんていうのが出ていました。「釣漁島は中国ものだ。薄熙来は人民のものだ」。これには中国政府はあせったと思いますよ。民間の中にかなり薄熙来を擁護する人たちがいるということですね。これは反日デモのレベルをはるかに超えていまして、日本が直面している問題は、実は中国国内の問題が大半である、ということです。そういったイマジネーションをもって外交をやらないと、大やけどをしたり、日本の企業が巻き込まれたりして、たいへんなことになると思います。中国社会の闇の部分ですよね。相手が本当に余裕がなかったり、とんでもなく追いつめられている状況にあるということをしっかり知って外交をやる必要があります。共産党って強そうに見えるけど、現状は、民衆に包囲された状態です。内輪は、お家騒動でぐちゃぐちゃになっているでしょう。そこで外交的Issueが起きると、2倍、3倍、4倍、10倍になって帰ってくることがありえます。場合によっては、相手は国民の目をそらすために、それを利用したりします。今後はそういった事情をしっかり知ってやらないと、13万人中国にいる邦人が巻き込まれることになるので、これは是非政府に提言したいと思っています。
「自由」「民主」「人権」「憲政」――こういったのを掲げている人たちは、その場で逮捕されています。毛沢東を出していれば大丈夫ですが、自由とか、民主とか、人権とか、憲政とかは危険ということです。これはつまり、今の中国政府の立ち位置をはっきり示しているということです。民主化のほうをむしろ怖がっているのです。毛沢東のような独裁者、独裁を容認する人たちは怖くないのです、たとえ極左であっても。つまり、いちばん自分にとっての利益は、一党独裁の維持だということがはっきり分かります。
これは一種の悲劇ですよ。中国社会が安定していくためには、自由、民主、人権、憲政が当たり前のこととしてまかり通るようにならないといけないのに、苦しくなったから独裁でやり直そうということになれば、もう一回革命が起きかねないことになります。今の指導部にとって、自由、民主、人権、憲政をやっていったほうが安全に引退できるのに、毛沢東主義を放置しておくとひっくり返されるかも知れません。半世紀前に実際にそれが起きているわけで、今度は今の支配者がやられてしまうのです。民主化のほうを伸ばしていかないと、永遠に腐敗はなくならないし、世界各国からの中国脅威論はなくならないでしょう。今の体制のままで肥大化していくと、周辺の国も怖いしアメリカも警戒することになります。民主化を掲げる人たちを捕まえることはおかしいのですが、真っ先に捕まえているのが現状です。
何故中国社会はこれほどテンションが高まっているのかというと、やはり経済成長のパターンに問題があると私は思っています。
日本をGDPで抜いて、2位になりました。アメリカの財務省の統計では、現在、僅差で中国のほうが日本よりもアメリカ国債を持っています。日本はこれから日米関係を強化するために買い増して中国を抜くという話も聞いていますが、現時点では中国のほうが多く持っています。米中関係も昔とは違ってきていて、クリントン国務長官が、中国は自分たちのバンカーだと言った逸話もあるくらいで、お金を貸してくれる人と対立することは非常にむずかしくなっています。今後アメリカは、金でつながった中国とどのように安全保障面とかで関わっていくかは非常に大きなテーマになるし、日米関係にも関係していきますのでしっかり見ていかないといけないことです。中国は、アメリカの政治的圧力を緩和するために、戦略的に買い増してくると思います。
貿易相手としても、中国はアメリカにとって2番目になっています。日本はいま4位です。やはり中国はアメリカにとってとてつもなく大きな存在になってきているので、日米安保は従来の形とは変わってくるかも知れません。
最後の砦、ハードルは中国の民主化だと思っています。中国が民主化して、アメリカにとって分かりやすい国になると、一挙に中国の株は上がりますね。今のミャンマーを見ればわかります。このことは、日本が想像しておかないといけないことです。いつまでも今のままの日米関係でいこうとしても、そうはいかないのではないでしょうか。中国は今あの体制だから中国脅威論があるのであって、アメリカは日本を求めていますけど、中国がかつての国民党のように一緒に組んで戦うような関係になれば、これはわからないですね。日米関係は、米中関係が変わっていけば自然と変わってくるわけです。今のところは、中国はあの政治体制で中国脅威論が飛び交っているわけですから、日本は助かっていると言えるかもしれません。でもいつまでもそれに甘んじていると、時代が変わって、東アジアの構造が変わってくるかも知れません。それもありうることだと思っています。
中国で奇妙なのは、90年代に経済成長が著しく進んだ一方で、こういった抗議行動が急激に増えていることです。GDPが上がっていくカーブと同じように騒ぎが増えているのです。これはおかしいのです。日本は経済成長すると伴に社会は安定していきましたよね。中国の場合は、経済成長のパターンがおかしいのです。何かがおかしい。でないと騒ぎが増えるはずがありません。今だいたい、騒ぎが起きる件数は、年間25%ぐらい増えていると言われていまして、最近は数字を出しませんが、20万件はいっているという説もあります。これには暴動も含まれます。何故そうなるのかということを私なりに単純化しますと、世界銀行のデータですが、今年の9月の中国のGDPは2位ですが、国民総所得は一人当たり114位なんです。ジャマイカのちょっと下です。ブラジルよりははるかに下、半分ぐらいです。つまり中国はアメリカに次ぐ経済大国でありながら、一人当たりの所得でみるとジャマイカの次だということです。これをどう解釈するか、です。中国には日本車に乗れる人、ベンツに乗れる人、日本に旅行に来ていっぱいお金を使える人がいる一方で、日本車に乗れずに腹が立ってぶっ壊す人がいる。これはつまり、中国には2つの顔があって、先進国と発展途上国が同居しているということです。それも、一つの都市の中に同居していたりします。その顔を私たちは交互に見ているわけです。報道でも、富裕層を伝える番組がある一方で、出稼ぎ農民が苦しんでいる姿が交互に出てきます。どちらも事実です。私はこれを、コインの表と裏と思っていまして、どちらも中国でありながら一体化しているのです。ですから私たちは、中国は二つの顔をもった矛盾した国で、バランスの悪い国だというように見ていかないと、こちらがこの程度のボタンを押してもたいしたことはないと思っていても、向うは違う解釈をすることがあり得るということです。日本と韓国は竹島でもめましたけど、国連の安全保障理事会の非常任理事国に、日本は韓国に入れましたよね。これは日本と韓国は、どちらも民主主義国家であって、体制的には似ているわけです。竹島の問題はあっても、慰安婦の問題があっても、アメリカが一つの接着剤になって、安全保障面でもある程度、信頼し合う関係にはあります。ところが、中国は違います。尖閣と竹島では引きずり方が全然違うのです。中国はまだ出来あがってない国、文明としては古い国ですけど、近代国家としては発展途上なので、昔の日本であった日比谷焼き討ち事件といったものが中国で起きても当たりまえです。そういった100年、200年単位の国家の形成過程として見ていけば、それほど驚く必要はないとも言えます。ただそこに入っていってビジネスをするからには、そこはちゃんと意識しておかないと、社会リスクは高いのです。
中国で一番豊かなところは上海の都市部で、年収が3万6000元。いま1元12円ぐらいですかね。30万、40万円ぐらいです。その程度の年収だと、まだまだですよね。一番低いところは甘粛省の農村で3900元。同じ国民なのに9倍違います。だから大量の出稼ぎ者が農村から出て行くことになります。今2億人ぐらい出稼ぎ労働者がいます。9倍違う生活があるということは、農民が都市に出て行くとびっくりしますよね。何で俺たちはこんなに貧しいんだ、同じ国民なのに、農民というだけでこんなに違うのか、日本車も買えない……、当然こう思うに決まっています。格差をなんとかしていかないと、それは火種をかかえていくことになるわけです。
2008年に既に暴動が起きていまして、これは内陸部ですが、警察を襲撃しました。今だったら中国のサイトに出るのですけど、当時はこういう写真は珍しくて、これはアメリカのサイトで見つけたものです。焼け跡が翌日の海外のメディアに出ましたが、焼けている最中の写真は一般の民衆が撮ったものです。これは何かというと、女子学生が暴行されて川に投げ込まれる事件が起き、それをやったのはお偉方の親族だという噂が広がりました。中国は噂社会ですので、こういったことが携帯などでいろいろなところに流れて、あっという間に2、3千人集まってデモが起きました。それで、地元の市庁舎に嘆願に行ったのですが無視されたため、これは警察が関係しているのだと今度は警察に押し掛けました。しかし、誰も相手にしてくれなかったので火をつけた、ということです。この地域には共通の問題があって、たとえば鉱山の乱開発で地盤沈下したり、農地が占有されたり、発電所をつくることになり立ち退きされたままテント暮らしをしているとか、鉱山が暴力団を雇っていて抗議に行くと力でやられてしまうとか、そういったトラブルをかかえた地域でした。だから、女子学生が死んだとなると、また彼らがやったのだろうと連想しちゃうのですね。それで、一挙に焼き討ちになったのです。中国はデマで人が動く社会だと思います。何故かというと、正規のメディア、権威を持つべき政府がまったく信用されてないということです。中国の国民ほど公式見解を疑う人はいません。日本人は比較的メディアへの信頼度は高いですが、中国人からみるとそれは不思議なんですね。とにかく中国では、デマ情報のほうがはびこっています。これは非常に危険なことです。もし、ある日本人が中国人を殴ったと面白がってネットに書き込んだとしたらどうなるでしょうか。特定企業名を面白がって出すようなことでもすると、あっという間にその工場が囲まれるなんていうことになりかねません。幸いにして私の知っている範囲ではそこまで行っていませんが……。政府の信用度が低く、地下情報のほうが勢いを持ってしまっていることは、これも今後の大きな不安定要因です。
中国の経済が発展してGDPが2位になったとはいえ、たぶんに不動産関連だとか公共事業の占める割合が大きいことが、今後の問題となる可能性があります。リーマンショックの後で大量の融資をして景気刺激策をやって何とか持ち直してはいますが、少なめに見ても不動産関連が4分の1といわれており、あとは鉄道、道路、インフラ、発電所等の公共事業が支えているといえます。今年はまた景気が低迷しており、今一番心配されていることは、物価は下がっていて在庫は増えているのに、不動産価格は不思議に上がっていることです。つまり、お金が行き場を失って一番もうけやすい不動産に流れてしまっているということです。おかしいですよね。デフレの中で不動産だけが上がっていることは、非常に危険な状況になってきていると思います。
中国で何故土地が上がるかといいますと、国が土地を持っていまして、土地を売ると地方の自治体の財政収入になります。個人は売却できませんが、政府は売却できます。ですからどんどん土地を売れば売るほど財政収入になります。そして、これで公共サービスをまかなうという仕組みになっているのです。ということは、どっぷりと中毒症状にかかっているということです。土地の値段が下がると、損をするのは政府です。不動産開発を一番したがるのは、自治体です。このバブルをつぶしたくないのは、地方の自治体です。それを担保にしてお金を借り入れていますので、なかなか根が深いバブルです。民間で作られたバブルではないのです。官主導のバブルだということが中国最大のモラルハザード、問題でしょう。これをやるとGDPが増え、すなわち自分の成績になります。GDPがどのくらい伸びているかが成績になるのです。薄熙来氏が重慶に行ったあといきなり重慶の成長率が2ケタになりました。これは猛烈な地上げをやったからです。こんなことは、中国の人はみんな知っています。土地が錬金術になっているのです。ですから、中国の景気はどうやって成り立っているかを知っておく必要があります。かなり根が深いところがあり、今後、不動産動向の状況によってはボディブローがくるかも知れません。
経済動向を振り返ってみますと、2011年ぐらいまではインフレを誘発していまして、どんどんインフレがひどくなっていって警戒ラインの3%をはるかに超えて6%近くまでいきました。そこで2011年は引き締めを始めました。ところが、このころはまだ景気がよかったのですが、その後、ヨーロッパの不況が襲ってきて大きな番狂わせが発生しました。
この写真は、ホンダでストライキが起きたときのものです。景気がよかったころは、農村から出稼ぎが大勢、都会に出て来ていました。給料は確かに良くなりました。田舎の3倍くらいにはなったでしょう。しかしインフレで出費も多くなります。ですから、お金が全然貯まりません。それで、これは聞いてなかった、家も買えない、結婚も出来ない、という話になって、賃金を上げてくれということになりました。つまり、中国の経済政策の失敗のツケが日系企業に回ってきたということです。安い公団住宅がないとか、社会保障がないといったところが、企業のコストになってきているのです。しかし、企業が解決出来る問題ではありません。中国政府自身が社会保障体系をつくってこなかったわけで、その分のコストが上乗せさせられているということです。これも今後はしばらく続くと思います。
ところが、今は逆に物価がどんどん下がってきて一番新しい統計だと1.8%ぐらいですか、9月は1.8か1.7ぐらいです。これだけ落ちてしまって、しかも在庫がどんどん増えていますから、景気がいい地域でも倒産が相次いでいるのが昨年末ぐらいからの現象です。好調だった広東省なんかでもそういった問題がかなり出ています。今は逆に金が足りない、金を貸してくれない、資金繰りが悪い、輸出が出来なくなった、生産停止になって出稼ぎの労働者がうろうろしている――そんな状況が今回の反日デモの背景にあったのです。ですから、一番元気のよかった深圳でもあんなことになってしまったわけです。
これはニューヨークタイムスが報道した8月の記事で、在庫を抱えて困っている広東省広州のおもちゃ工場の関係者です。全部、欧米向けのおもちゃです。急に在庫がたまってきて、なかなか売れなません。これにはEUの景気が関係していまして、対EU輸出が変化して、一時期盛り返したのですが、その後ぐっと下がってきまして、それにつれて成長率がひとケタになってきました。つまり輸出がどんどん減ってくるのに伴って成長率が下がってきているのです。だからなおさら不動産で引っ張らないとヤバいということになっているわけです。これは自動車の生産キャパシティと販売ですね。このギャップがすごく広がってきています。要するに、モノが余り始めているということです。
これは日経の中国版ですが、不良債権がここにきてかなり増えてきています。景気のいい時に借りまくったものの、返せなくなってきています。中国政府もそれを察知してか、今年3月の全人代で温家宝首相は、GDPの目標値を7.5%にターゲットを下げました。ところが最近統計が出まして、第三四半期の実際の成長率は7.4%です。政府のターゲットより低くなっています。今年末にはどうなることか、心配です。中国では、あれだけの人口を養うには7%、8%がギリギリといわれています。常に回りつづけないとダメなんです、自転車操業ですね。達成できなければ、大量の失業者が出てしまいます。マイナス成長なんてありえないです。たいへんなことになってしまいます。やはり今年は正念場かなという状況です。
中国共産党の幹部学校の先生が、こんなものをネット上に流して、すぐ削除されました。「この10年、巨大な問題が生まれた。問題は、拡大する貧富の格差。ますます深刻化する腐敗。社会統合が出来てない。民衆に権力がない。中国共産党は統治の合法性の危機に直面している」。共産党幹部の人がこれを堂々とネットに載せたのです。ここ10年というのは、胡錦濤、温家宝体制です。この党幹部学校の校長は、習近平氏です。習近平さんにエールを贈る意味があるといわれていますが、それにしてもまだ現役で胡錦濤さんがやっている時に、こんなものをネットに載せるなんてことは昔はありえませんでした。共産党の中はこういった中枢部にいる人たちを含めて、体制の限界を感じ始めているということです。
この体制がどこまで続くのかということを、私たちは見ていくことになります。台湾のようにソフトランディングして、共産党が自ら民主化するのが一番いい方法だという意見も中国には多いのですが、果たして共産党が権力を手放すかどうか。あらゆる利権を握っている人たちが、この独裁体制を手放すでしょうか。もしソフトランディングしないで、自ら民主化しなかったらどんどん格差が広がっていって、まさに革命の再来です。もう一回、毛沢東が出てきて、ひっくり返されてしまいます。真似してやりそうになっていた薄熙来を見たでしょ、ということで非常に難しい状況になってきています。
では日本はどうすればいいのか。もちろん、中国の中のことはこちらでは何もできませんが、日系企業は、ここ幕張にあるイオンさんはやられた青島でまた店を出すと聞いています。それも中間層をターゲットにしてやるということです。平和堂もすぐ、開店するようです。日本は民間が強いですね。ビジネスが外交を先導しています。ユニクロもまた店を出します。共通点は皆、中間層狙いです。中国の富裕層はこれからも増えていくだろうという前提です。だから今出て行かないと、他のところにやられてしまう。目の前で被害を受けても、じっとがまんしてビジネスを拡大していく。日本の民間は、政治よりもはるかに先を行っています。政治がその枠をなかなか提供できないところが問題です。今後やって欲しいのは、政治と経済が混線しないように、日本の企業が向こうでしっかりビジネスをやれる環境を作ってあげないといけない。だから喧嘩をするにしても、被害が及ばないようなダメージコントロールが求められます。適度なところで示しをつけることが大切です。これは日中双方、お互いに言えることです。
中国への日本の投資は一番多くて、中国人を1千万人も雇っているのですから、もしトラブルが起きれば中国企業はたいへんな被害を受けることになります。失業者も大量に出ます。日中双方の政治家は、これから日本と中国の利益をどうやって維持していくか、東アジア全体をどう豊かに安定していくかを、もっと広いステージで議論してもらいたいものです。ちょうど両国ともこれから政権が変わろうとしているところですから、日中間の狭い喧嘩ではなく、もうちょっと広い見地でやっていただきたい。
日中双方の政治家にはしっかり取り組んでいただき、国が豊かになって平和が維持されるようにやっていってもらえたらなと、一研究者として感じております。
どうもありがとうございました。
(了)