2013年3月講座

「地球生命の限界から生命とは何かを考える
           -アリストテレスへの挑戦状-」

独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
海洋・極限環境生物圏領域深海・地殻内生物圏研究プログラムディレクター 
高井 研 氏

 

 生命の起源に関わる話をしてくださいと言われたのですが、結構難しい話だし、一つ一つ積み重ねていかないとなかなか深みに入れないと思いますので、あまり深いところまでは突っ込みません。皆さんもご存じのように、アリストテレスが最初に生命とは何かということを言い出してから2千数百年たっているわけです。だけど我々はいまだにその答えを見つけておらず、それに至るアプローチは不毛のようにも思えて、真の答えはなかなか見つからないかもしれません。だけどアプローチをしていくこと自体が人間の営みとしてすごく楽しいことであり、皆さんにとっても多分おもしろいことだと思うので、今日はそういうことについて少しお話をさせていただきたいと思います。

 私は今、JAMSTEC(海洋研究開発機構)から給料をもらっていまして、深海の探検・探査をやるようなグループ、これが今日の話のメーンですけれども、それから、40億年前の生命が生まれた当時、あるいはそこから30億年ぐらい続く時代があるのですけれども、先カンブリア期の進化を映画にする、その映画づくりのグループのリーダーもやっています。あとは海の深くにある資源の研究などもやっていまして、実はこちらのほうが最近ちょっといい結果が出ています。

 ほかにも、地球のずっと深くにいくと、最終的にはどうもその先には宇宙が見えてきて、こんなところに生命がいるのだったら、絶対宇宙のあんなところにもこんなところにも生命がいるとしか私には思えないのです。それを具体的にやっているところがJAXA(宇宙航空研究開発機構)なので、JAXAに乗り込んで宇宙の生命探査をしようというようなこともやっています。

 最初にJAMSTECのことを少しご紹介しますと、本部は横須賀にありまして、「海を知り、地球を知って、そして未来を知る」というスローガンを掲げています。実際のところは国の研究所だと思っていただければいいのですが、一応、独立行政法人ということで、ある意味、独立した企業としてやっている部分もあります。

 今、JAMSTECでは3つの研究をしています。1つは、地球環境変動を予測したり、今の変動をとらえたりする、観測とか、地球温暖化の研究みたいなものです。これが一番お金が取れて、研究者が一番多いところです。次に多いのは、地球の内部のコア、マントルとか、そういったダイナミクス、どちらかというとメカニズムのほうをやっていて、なぜ地震が起きるのか、そういう研究を中心にやっています。

 一番お金が少なくて研究者も少ないのは、海の底とか、海の底からさらに下、地殻内と言われるところにすんでいるような生物の研究です。この研究は案外、企業の人たちと一緒にできる部分が多くて、生物の持っているタンパク質、酵素とか、あるいは物質が我々の生活に役に立つことが多くあります。ですから、ここが実は一番人さまの役に立っているかもしれません。それで、私はここに属しています。

 JAMSTECで一番有名なのは、船を使った最新の研究ができる研究所であるということです。8隻の調査船を持っていて、世界最大の設備を誇っています。中でも一番すごいのが「ちきゅう」という船で、海の底から7~8km掘削できます。そういう船が2005年から動いていて、これを使って海の底を掘って、いろいろな研究をしています。しかし、「ちきゅう」を運航するには年間何百億円も要るわけで、その半分以上は今アルバイトで稼いでいます。一番最近では、皆さん、ニュースで聞かれたかもしれませんけれども、日本のメタンハイドレートの掘削をしました。「ちきゅう」は超巨大な船で、昔はこんな無駄な船をつくってと批判されましたけれども、安全な掘削ができるということがようやくわかってもらえるようになってきました。研究においても、世界のどこでも掘れる船は世界で「ちきゅう」だけです。そういう意味では、こういう技術は非常に重要だということを、ちょっと主張してしまいました。

 船だけではなくて、船から出す潜水艇も重要です。JAMSTECのフラッグシップと言われているのは有人潜水艇「しんかい6500」で、6,500mの海底まで人を運ぶことができます。これは20年間、世界で一番深く潜れる船でしたけれども、去年、中国が7,000mまで潜れる新しい有人潜水艇をつくったので、世界第2位になってしまいました。有人潜水艇はお金もかかりますし、安全のためにいろいろなシステムが要ります。よく言われることですけれども、日本で国産の飛行機をつくらなくなったため今はボーイングとエアバスばかりが飛んでいるわけで、国に飛行機をつくって運用する技術がないと、何か起きたときに対応できないのです。例えばボーイング787がバッテリーの不調で止まりましたけれども、ああいうときに他人のつくったものだと他人にやってもらわなければいけません。自分のところでつくったら、全部自分で直せるわけです。そういう技術が実は重要なんです。有人潜水艇も単に深く潜れるとか、底に行きたいということだけではなくて、そういう技術を伝承していくことが非常に重要で、なぜそういうことが役人とか政治家には伝わらないのかと私はいつも思います。皆さん、ぜひ、地域の会でもいいですから、そういうことの重要性を訴えかけてください。単に効率とかお金の問題でそういう技術がどんどん落ちていくのは、私は非常に悲しいことだと思います。世界一の海洋国家になるためには、こういうものをどんどん残していきたいと思っています。

 ちょっと堅苦しくなりましたけれども、JAMSTECは最初は物がすごいぞということで引っ張ってきたのですが、最近はソフト面でもいい成果を上げてきています。今日はそういう話をします。

 まず、何を目指しているかということですけれども、私は別にノーベル賞は要らないのですが、グレートなサイエンティストになりたいと思っています。私は京都大学の学生の頃、図書館で会ったこともないし見たこともない外国の研究者の書いた論文を読んで、その瞬間に稲妻に打たれたように感動したのです。私はそういう感動を与えられる研究者になりたいのです。私と面識もない、地球の裏側の国の若い人がいつか私の論文を読んだときに、「日本という国になんてすごいやつがいたんだ」と、そういう感動を与えるために、誰もたどり着けなかった境地にたどり着くような仕事がしたいのです。そのためには、小さな魅力しかないと、小さなお金しか来ません。大きな魅力があれば必ずその研究はいろいろな人に支えられて、続けられるということで、なるべく根源的な疑問に答えるような研究がしたいのです。なぜかというと、私は今まで全く人の役に立たない研究をやってきたからです。

 では、具体的には何をしているかというと、海の底へ行って「すごい」と言っているだけなんですけれども、それがなぜ「すごい」かというと、海の底で、太陽の光も届かない、時には400℃ぐらいの熱水が出る、そんなところに必ず生き物がいるのです。その生き物の力を見ると、「こいつら、すごい」となるわけです。そんなところにいるのだったら、宇宙のいろいろなところにいてもおかしくない。これは後でちゃんと説明しますけれども、そう思ったのです。その感動をもう少しサイエンスとして広く皆さんに理解してもらえるような成果をあげたい、それが目的です。生物研究者のほとんどは日々、生命とは何かなんて考えて研究していません。皆さんと一緒で、目の前に仕事がいっぱいあるわけで、その仕事をしながら生活しているのです。だからこそ私は毎日、生命とは何か、生物とは何かということを考えながら、できるだけそれに近づくような研究をしていきたいと思っています。

 ポール・ゴーギャンの絵で、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか」という有名な絵があります。大学の先生はよくこの絵の題名を使って、それを知りたいから我々は研究しているのだと言われます。そうすると、この人は高尚なことを言っているなと感じて、説得されそうになるのですけれども、我々はどこから来たのか、どこに行くのかというのは、何十年も何百年も研究を積み重ねてきて、最新のたどり着いたところがちゃんとあるのです。それがどんなものかはあまり知られていませんけれども、それを踏まえた上で、じゃあ次は何をするのかということをちゃんと言わなければいけないのに、ポール・ゴーギャンの絵を出して、さもそれらしいことを言ってはだめだというのが私の主張です。

 では、我々はポール・ゴーギャンの問いに対してどこまで知っているのかということを、簡単におさらいをしてみたいと思います。我々はどこから来たのか。生命はどのようにして生まれたのか。特にどの場所から来たのか。アリストテレスが最初にここを言っているということで、今日のタイトルの「アリストテレスの挑戦状」という意味があるわけです。彼は、生命は自然に発生する、我々のまわりからぼこぼこわいてくるというように言いました。蚊は水たまりからわいてくるし、池には必ずエビとか魚がわいてくる。自然発生しているようにしか見えないというのが彼の最初の意見です。

 そのアリストテレスの自然発生説がある程度信じられてきて、2000年後、初めてそれを破ったのがパスツールです。パスツールは有名な白鳥の首フラスコを使った実験で、生命は自然に発生しないということを証明しました。肉汁を普通のフラスコに入れて煮るとすぐ腐るので、自然発生しているように見えますけれども、白鳥の首フラスコを使うと同じようにしても腐らない。なぜかというと、空気が入らないようにしているからです。本当は入るんですけれども、ぐにゃっと曲がったところで、微生物はこれ以上、上がれません。だから腐らないのです。腐っているように見えるのは、微生物は空気から来ているからであって、自然発生でも何でもない。だから生命は自然発生なんかしないという、これはかなり有名な実験です。

 その後、パスツールの説が定説として長らく伝わりますけれども、ちょっと脇道に入った人がいて、それがスウェーデンのアニレウスという人です。彼は、生命は自然には発生しない、宇宙から来たのだというように言いました。こんなことを言うとすごく変な人かと思うのですけれども、実はものすごい天才で、彼のパンスペルミア説というのは今はある意味、正しいというふうに受け止められています。それを当時の人にわかるように説明できなかったので、かなり異端とされましたけれども、パンスペルミア説というのは、生命は宇宙からやってきた、地球で誕生せずにどこかで誕生したのがやってきたというような説です。

 そして、1953年、これもすごく有名な実験ですが、ミラーの実験で、フラスコの中に40億年前の地球の大気を模した水素とかメタンとかアンモニアを入れて雷を流すと、我々の体の材料であるアミノ酸などがばしばしできるということを証明しました。アミノ酸ができたということは、我々の体の材料ができたということで、しかもそれは自然発生するのだと。それがつながっていって、多分我々みたいな複雑な生物になったのではないかというのが彼の研究結果でした。これで自然発生説が戻ってきたわけです。我々はある程度こういうものを学んできたので、生命は自然に発生するというように思ってきています。

 ところが、最近は、先ほど言ったように宇宙からやってきたものもあるかもしれないということも考えられてきました。その1つは、天文学がすごく進歩して、ミラーがつくったアミノ酸のような物質が、宇宙には薄いけれどもたくさんあることがわかったからです。これは隕石の中に含まれる物質を調べることでわかります。ただ、隕石は太陽系の周りにしかないので、宇宙全体については言えません。ではどうやって言うかというと、望遠鏡で見るのです。望遠鏡はもちろん目で見て光で見るだけではなくて、電波で見たりします。そうすると宇宙を漂っている物質にはどんなものがあるか見ることができて、実際に宇宙空間にはいろいろな物質が漂っていることがわかってきました。従来は光とか電波が向こうから来ないと何もできず、真っ暗なところは見えません。星の光がやってきて、その光が宇宙にある物質で減光されていくのですが、減ったところを見ると何があるかわかるわけです。それで宇宙に有機物がいっぱいあるということがわかってきました。

 もう1つは、なぜ地球よりも宇宙のほうが可能性が高いということがわかったかというと、実はアミノ酸の対称性の破れがあるということがわかってきたのです。何のことかといいますと、私たちの体をつくっているタンパク質はアミノ酸でできていて、アミノ酸には化学物質上、L体とD体という2つの形があります。立体異性体というのがあって、これは宇宙でも地球でもできるときには必ずフィフティ・フィフティでできるはずなんです。それなのに地球の生命はほぼ100%L体しか使いません。同じように我々の中にある遺伝子はDとLの糖というのがあるのですけれども、糖に関してはDしか使わないんです。なぜか知らないけれども、フィフティ・フィフティあるはずなのに片方だけしか使わないという謎がずっと昔からあって、それはなぜ決まったかというと、たまたまだというのが多くの説でした。

 ところが、実際に太陽系の中の隕石のアミノ酸を調べてみると、やはり我々の体をつくっているL体のほうがかなり多いということがわかってきました。地球でも宇宙でもフィフティ・フィフティだから、最初に生物が使うのは本当にさいころ博打になるわけです。それでもいいのですけれども、もし最初からちょっとだけずれがあって、多いほうが少し確率が高いんだったら、我々がL体を使う理由はよりきれいに説明できます。真実かどうかはわかりませんが、より可能性が高いとなると、太陽系にはL体のアミノ酸が多いから、我々は太陽系の物質を使ってできたのだというふうに考えやすいのではないでしょうか。

 宇宙の中でなぜL体とD体がずれるのか。これはノーベル賞級の話で、今ここで私が説明するのは多分不可能です。太陽系ができるときの位置関係が重要だというぐらいに思っていてください。太陽系も星も必ず一生があって、最後は死にます。死んだときに次の星ができますけれども、死んでから次の星ができるときの、死んだ星に対しての位置関係でこういうずれができそうだということです。たまたま太陽系がある方向にあることから、我々の太陽系にはL体が多いのだろうと思われます。L体が多いから我々の体もL体を使っているのではないかというように考えられているわけです。要するに太陽系の生物は多分全部L体を使っているという考え方です。それを証明したかったら太陽系のほかの星に生命を見つければいいわけです。そうすればこの考え方が正しいかどうか非常にクリアにわかるはずだと、そういうようなことが言われています。

 生命はどこから来たのかというと、1つの話としては、どうやら生命は自然に発生するけれども、宇宙か地球かというのはまだ決着がついていない。だけど少なくとも材料は宇宙にあるということです。そういう意味では我々は宇宙から来た。我々は星くずからつくられたというのは当たっていて、それはそのとおりなんですが、では、地球に生命がいる理由はないのかというと、これは必ずあって、宇宙では生命はつくれません。なぜかというと、生命をつくるためにはものすごく重要な条件をつくり上げないといけないからです。それが希薄な宇宙空間では無理です。必ず生命は惑星で生じるべきです。それは地球でなくて火星でもいいのです。生命を誕生させるのは地球と火星とで確率論的にはそんなに変わりません。ただ、地球のすごいのは、40億年間、生命を途絶えることなく続けてきた。そういう環境はすごく珍しいというのが最新の考え方です。そんな感じで、我々はどこから来たのかというのはある程度わかっているということです。

 次に、我々は何者か。これに対しては無理に答えを出す必要はなくて、社会的な、あるいは哲学的な、生命とは何かというのは、皆さん一人一人の中で答えがあると思いますけれども、既にいろいろな人がいろいろなことを言っています。特にシュレーディンガーという物理学者が1947年に書いた、まさしく『生命とは何か』という本があって、これがほとんど言いあらわしています。

 NASAにも生命とは何かにこだわる人たちがいます。NASAの究極の目標は宇宙に生命を見つけることなのですが、生命を見つけるときに、生命の定義が決まっていないと見つけることはできません。ですから、その定義を決めなければいけない。その定義を見ると先ほどのシュレーディンガーの言っていることとほとんど同じで、そのとおりだと思います。だけど、読んでもよくわかりません。言葉遊びをしていてもだめで、我々は具体的に何をもって「生命とは何か」を知るのか、どういうふうにすればわかるのかということを考えないといけません。

 では、私はどう思っているかというと、今までの考え方は、生き物と生き物でないものを二元論で語ろうとするのですが、それはちょっと違うのではないか。生き物というのは、生き物そのものだけでは絶対存在し得ない。自分が生きるべきエネルギーとか環境とか、そういうものが絶対必要です。ですから、生き物を探すときには、実は生きられるところと生きられないところの際を探したほうがいいのではないか。私が海の底に行ったり、海の底のさらに下に行くのは、その際の条件を知りたいのです。それが私の今の仕事の具体的な1つのやり方です。

 ちょっとだけ専門的な話をしますと、私は海の底とかさらにその下に行って、生命が生きられる限界がそこにあるのかということを探しているのですけれども、どういうことが考えられるかというと、例えば温度とか、圧力とか、pH、酸っぱいとか、苦いとか、地球の中にいろいろな環境があります。地球の生命の限界を見るためには液体の水がないといけないので、液体の水が存在できる地球の環境というとどんなものがあるかということを、ここに示してみます。

 まず温度ですが、液体の水が存在できる最高温度は100℃ではなくて、海の底に行くと407℃というのがあります。実際に太平洋の海の底で見つかっていて、なぜ407℃かというと、407℃を超えるともはや液体の水ではなくなるからです。液体と気体ではなくなるのです。超臨界という水になるので、実際に海水の存在できる最高温度は407℃です。次に圧力です。私たちが行ける一番深いところはマリアナ海溝の底で、そこは1100気圧です。要するに小指の先に1.1トンが乗るわけですから、車が乗るような圧力です。pHというのは酸性かアルカリ性かですけれども、海の底にはpH12.5とか12.9というアルカリ性があって、これ以上なかなか高くなりません。アルカリ性の温泉はpH10ぐらいですが、海の底に行くと二酸化炭素が溶け込まなくなって結構上がってしまうところがあります。こういうところがアルカリ性の最高環境です。我々は中学、高校でpHは0から14と習います。私もついこの間まで0から14しかないと思っていましたけれども、実は地球の上にはpH-3.6という環境があって、カリフォルニアの地下の鉱山の廃液がこれぐらいの水を持っています。実際にそういう環境があるわけで、液体の水といっても、こんなにいろいろな条件を備えた環境が現実の地球にはあるわけです。

 その環境に実際に生命がいて、どのぐらいまで彼らが支配しているか。主に微生物がその環境をどこまで克服したかというと、温度は実は122℃までしかいきません。私がそれを見つけました。ですから、病院とかで殺菌するときに使う121℃で15分間熱すれば絶対大丈夫というのは、この菌には通用しません。pHもさっき12.5とか9というのがあると言いましたけれども、これも大体この菌によって克服されているわけです。pH-3.6が見つかったのはごく最近で、研究されていないだけで、多分このぐらいまでいきます。生命というのは、実は液体の水の中でどんな極限的な環境でも、温度以外だったら大分克服できる。一番きついのは温度だということがこういう研究から見えてきます。
 圧力で実際にいけるのはマリアナ海溝の底からとれたバクテリアでわかっているのですが、さらに2,000mぐらい深くても大丈夫です。ですから圧力はあまりたいしたことはないというのが我々の感覚です。重力をかけながら培養しても微生物は全然へっちゃらで、高重力でも大丈夫だということがわかりました。

 微生物にも限界はあります。同じ生物でもちょっと違ったら、その限界が変わってきます。ですから、宇宙に生命を探すときに、我々の地球の生物の限界を使ってもいいのですが、それだけを使うのはやはり問題があります。地球の限界が宇宙で大体どれぐらいかということがわかったらいいのですが、でもそれでもパーフェクトではないのです。もしかすると見逃すかもしれない。それを見逃さないようにするために、もっともっと宇宙共通法則を探すのが生命存在条件という考え方です。これは簡単に言うと電力と電圧の関係で、生命はある電圧と電力の範囲内でしか生きられないという概念です。地球だろうが、宇宙だろうが、あるエネルギーの範囲内でしか生命は生きられない。これは宇宙の共通法則なんだということです。ですから、生命のすめるような環境を探すときに、その環境が可能な領域に入っていればOKで、そうでなければアウト、このようにすれば見つけられるのではないか。地球の生物がこの範囲で生きられるからというだけでなくて、より広い意味で、ここだったら生命が生きられる範囲内ですということを何か数字で決めることができるというのが彼のアイデアです。

 どれぐらいのエネルギーがあったらどれぐらい生きられるのかという計算をすると、一番わかりやすいのは、カルビーのポテトチップスのコンソメパンチというのがあって、1袋500キロカロリーと書いてあります。あれを我々が食べても24時間もすればおなかが減ってきて、我慢できなくなります。下手をすれば1袋で1週間ぐらいしか生きられないかもしれません。だけど実はあの500キロカロリーで微生物1個、生命1個だったら、宇宙が誕生して137億年ですが宇宙が何回繰り返されても生きながらえることができる。要するに、生命1個が必要なエネルギーはいかに小さいかということを示しています。地球の生命を必ずしも最低限にとる必要はないけれども、地球の生命ですら宇宙のどこでも生きていけるぐらいの、ちょっとのエネルギーがあればいいということです。カルビーのポテトチップスに代わって、その惑星にどういう物質が存在するかということがわかると、こういうエネルギーに換算することができます。ですから、まずその環境にどういう物質が存在するかということを探ることが生命の探査に一番必要だということがわかっていただけると思います。

 私が言いたかったことは、私たちが生きていく一番重要なもとはエネルギーです。我々で言えば食べ物です。食べ物を食べて、酸素で燃やして、そのエネルギーを生命活動に使っていますから、生命にとって一番重要なのはまずエネルギーです。

 次に、地球のエネルギー状態はどうなっているかという話を少し紹介したいと思います。

 地球に1日に降りかかってくるエネルギーは決まっていて、一番多いのは太陽から受けるエネルギーで、電力に換算すると1時間に17万4,000テラワットの電力が入ってきます。これをマグニチュードであらわすと11.5で、ものすごいエネルギーだということがわかっていただけるかと思います。2番目に大きなエネルギーは地球の内側から来ている熱エネルギーで、1時間23テラワット、マグニチュードであらわすと8.9です。感じていないけれども、ものすごいエネルギーが1日に来ている。3番目に大きいのは月の潮汐エネルギーです。月が離れたり近づいたりするときに引っ張ったり引っ張られたりする、あのエネルギーも結構大きくて、熱エネルギーの10分の1ぐらい、M8.2ぐらいあります。これで地球に入ってくるエネルギーのバランスがわかると思いますけれども、マグニチュードというのは実は結構難しくて、M11とM9は近いように見えて全然違います。例えば宇宙が始まったと言われるビッグバンをマグニチュードであらわすとM27です。M27というとたいしたことはないと思うけれども、マグニチュードは1変わると32倍変わります。そういう意味では、地震のときには便利ですけれども、大きくなってくるとちょっとイメージがわかないかもしれません。

 1番目に大きいエネルギーと2番目に大きいエネルギーとでは1万倍ぐらい違って、私たちにとっては太陽エネルギーのほうがはるかに重要です。だけど、1万分の1とはいえ、地球規模で見ると内部エネルギーも非常に重要なエネルギーで、我々は今なお使っています。問題は、太陽の光が地球の全部に均等に、平等に降り注ぐのに対して、地球の熱エネルギーは、水が地球の中をくるくる回って冷やすことによって、熱が冷やされていく。ですから、太陽の光のようにどこでもそのエネルギーを使えるというわけではなくて、地球の内部エネルギーを使うような場所は、温泉とか、深海の熱水とか、そういうところにしかないということです。

 実際に地球の内部エネルギーを使う生命が、1977年に深海の熱水の近くで初めて見つかりました。それ以降、研究が進んでいますが、ここで言いたいのは、1万分の1のエネルギーのほうが地球にとっては重要だということです。太陽のエネルギーより地球の内部エネルギーのほうがシンプルで使いやすいということです。地球の歴史の中で言うと、太陽のエネルギーはしょせん30億年前に初めて使えるようになったエネルギーです。地球の生命は40億年前からあって、最初の10億年間は地球の内部エネルギーを使って地球に生命が誕生したわけです。そして、エネルギー革命が起きて、光を使えるようになって初めてこれだけの豊かな星になれたわけです。逆に言うと、最初の10億年間は地球のエネルギーで十分に支えられたわけです。地球は光にあふれたすごい星だと思っているけれども、実は内部エネルギーのほうが宇宙ではより一般的で、より使いやすいわけです。そういうことで、地球の歴史もそうですが、宇宙でも内部エネルギーを使っているほうが多分多いというのが、海の底の生物を調べる我々の原動力にもなっているわけです。

 世界には熱水が550カ所ありまして、これまで私はいろいろなところへ行ってきました。この研究の集大成で出したのが、最初は地球のどんなところで生命が誕生したのかという仮説です。その話もちょっと面倒くさくて、エネルギーが重要だからエネルギーで考えますけれども、簡単に言うと、箱根の温泉と別府の温泉では水の性質が違っていて、含まれる物質が違うとエネルギーのパターンが違います。ですから、箱根の温泉と別府の温泉では違う生物がすんでいます。世界中の熱水でもそうです。熱水で生命が誕生するという、ある意味、確実な説がありますけれども、簡単に熱水と言っても、別府と箱根が違うように、世界中にはめちゃくちゃ違う熱水があります。はたして40億年前に生命を誕生させたのはどんな熱水だったのか、どんなエネルギーで生命は誕生しやすいのか、それを知りたくて世界のいろいろな熱水を調べて、現実にその熱水でどんなエネルギーが出てきて、どんな生物がいて、どのタイプが40億年前に生まれた可能性が高いのかということをやってきたわけです。

 例えばタイプで言うと水素を食べるものとか、硫黄を食べるものとか、メタンを食べるものとか、いろいろなタイプがあるけれども、どれが一番古そうかということを突き詰めていくわけです。理論的には水素を食べるほうが有利だというのはわかっていましたけれども、それはあくまで理論で、現実の世界ではそういう証拠がなくて、私は10年かけてそれを1個1個つぶしていきました。全部の証拠を出すと、初めて予想されていた理論と現実の生物の世界がぴったり合ったのです。実際の観察と理論が我々の研究で初めて一致したわけです。生物というのはロマンチックで、何をやっているかわからないと思われがちですけれども、実は物理法則によって支配されているということを、ある意味、証明したのです。それを証明しやすかったのが深海の微生物の世界だったということです。

 ここからが今日のトピックの2つ目のポイントになりますけれども、今の世界でその法則が正しいのだったら、まず40億年前の世界でも正しいだろうということで、40億年前の環境をちゃんと再現すれば、一番最初に誕生した生命の姿がその法則から導き出されるはずだというのが、私の10年の研究の後の5年ぐらいの研究です。40億年前の話は本に書きました。できるだけおもしろく書いていますので読んでみてください。水素が支えたというのが私の1つの主張で、実際に40億年前に水素を食べる菌がいた。これが我々の祖先でしたということが書いてあります。

 地球以外に生物がいると考えられる星が2つあって、我々はそれを調べることをプロジェクトとして考えています。それはユーロパとエンセラダスという衛星です。ユーロパは木星の月、エンセラダスは土星の月です。両方とも氷に覆われた星で、中のほうに芯があってそれは岩石でできており、そこに熱が発生して、氷を溶かした海が存在していて熱水活動がある。地球の深海とよく似た環境があると考えられています。そこには地球外海洋があるのです。海洋というのは実は真水ではだめで、水と岩石の両方があって初めて海になるのですけれども、まさしくそういう星が2つあります。

 どちらかというとユーロパのほうがいいですけれども、技術的にとても難しくて、世界中のどこの技術をもってしても100年かかります。もちろん100年かかってもいいんですけれども、少なくとも私は100年後には絶対いませんから、ちょっとよくない。エンセラダスは熱で温められた水が宇宙空間に吹き出しているので、その噴水の中を通ってくるだけでサンプルがとれるわけです。その中に生物がいるかどうか、その場でも調べられる。そういう状態が今エンセラダスにはあります。これだったら最短14年で行って帰ってこれますから、私の生きている間に行けると思います。

 実際にカッシーニという探査機が行って、どんな物質が含まれているかというのは、正確ではないですけれどもわかっています。水素とか、二酸化炭素とか、硫化水素とか、アンモニアとか、まさに地球の熱水にあるものは大概含まれていて、要するに熱水活動があるということを証明しています。熱水があってエネルギーが供給されれば絶対に生物がいるということが予想されていて、実際に地球ではそれが証明されているのですから、この星でも絶対同じことが言えるという話です。我々は地球の熱水の研究でもって、ここにいる生物は何かということを予想することができます。予想もできて、その技術も持っている人間がやるのが一番でしょう。それが私が今これをやるべきだと言っている1つの大きな理由です。

 実際にJAXAと組んでプロジェクトを進めていまして、「はやぶさ」が地球以外の天体からサンプルを持ち帰ることに成功しました。これは今のところJAXAだけで、技術的には可能だから、エンセラダスをぜひやりましょうということでやっています。とりあえず14年で行って帰ってこれるということで、お金は500億円ぐらいかかりますけれども、それを認めてもらうのに12~13年はかかるでしょう。一つ一つステップを踏んでいって、とりあえず全部合わせて30年で行って帰ってこれるのではないか。どうなるかわかりませんけれども、それに今、頑張って挑戦しているということです。

 今日の話の要点は、生物とか生命を考えるときに、とにかくエネルギーで考えるのが一番いいということです。エネルギーが入ってきて、それを使って我々は生きているわけですから、それを常に考えると生物というのは案外シンプルに考えられる。それはシュレーディンガーや、ノーベル化学賞を取ったブリコジンという人もちゃんとした答えを書いています。だから、こういう抽象的な答えの中で地球ではどうだということを示すことによって、我々は宇宙の中のもっと本質的な生命とは何かということに迫っていけるのではないでしょうか。アプローチの仕方として一番重要なのはエネルギーで、次は何、次は何というようにして詰めていく。いきなり生命を探すとか、生命とは何かという答えを出すのではなくて、こういうやり方でいけば多分答えが出るのではないかと思っています。

 今日、最後に自慢したいのは、「深海に電気を起こすといいかも」という話です。海底に井戸を掘って熱水を噴出させると、何百メートルも熱水を流すことができます。その井戸の中に電極を入れて、外側にも電極を入れると、普通にはあり得ないぐらいの電力を稼ぐことができます。それで、こうすると深海熱水発電ができるというアイデアで、特許をとりました。そのときに計算をしてびっくりしたのは、日本はすごく熱水が多いので、熱水をどんどん使えるようにしていくと、約20億キロワット/時ぐらいとれるのです。結局はコストの問題になりますが、地熱発電とか、自然界のエネルギーを使うと、発電量だけで言うと原発は必要なくなります。それぐらいの計算ができる深海熱水発電は可能だということが計算上わかりました。

 実際に我々はここ10年ぐらい頑張って発電していこうと思っていて、詳しい話は省きますが、去年、世界で初めて熱水の力だけで光を灯すことができました。これは将来的に熱水を使って電力をつくることに結びつくのでないかと思います。実際に深海に行くことによってそこでの現実を見てきた人が研究の証拠を持って語ると、頭で考えただけではなくて、より現実的に皆さんに感じてもらえると思います。それを将来的には宇宙でやってみたいのです。ほかにも深海の金属資源の回収法とかのアイデアも出していって、そういうところでお金を稼いで宇宙探査船をつくって、宇宙の生命を探査しに行きたいと思っています。こうしたことを少しでもおもしろく感じていただいて、何かの折にはご協力いただければ幸いです。

 長々としゃべりましたけれども、どうもありがとうございました。(拍手)

(了)