2013年6月講座
「週4正社員が会社を救う」
特定社会保険労務士、オフィスサンエス安中社会保険労務士事務所代表
安中 繁 氏
私、安中繁(あんなかしげる)と申しますが、先ほどご紹介いただきましたとおり、女です。山形県生まれで、大学に進学するために東京に出てまいりました。そこでご縁がありまして、そのまま東京に居ついて、社会保険労務士という職業をいたしております。
今日は週4正社員制度についてお話をさせていただきますが、その前提として、この制度は「ワークライフバランス」という考え方からスタートしているということを皆様にご理解いただきたいと思います。
「ワークライフバランス」についてはよく耳にしますけれども、これがどんなものなのか、あらためてお考えになったことがある方はどれぐらいいらっしゃるでしょうか。これまでの日本は、戦後の高度経済成長を支えた要素である、「早く」「安く」「大量に」、物をいっぱい作る、時間をかければかけるほどたくさんの物が製造できたという時代でした。もうけを出すにはとにかく24時間フル稼働でやっていかなければいけない。そんなことでずっと企業の拡大を遂げてきました。従業員の価値はというと、週6勤務できて、プラス残業もできる、猛烈に働いてくれる従業員が高い評価を得てきたわけです。
しかし、これからの世の中は、大量生産の世の中ではなくなっていくはずです。使い捨ての時代から環境志向、エコ志向の時代になり、もはやたくさんの物を作る時代ではなくなってきているということです。なるべく新しい物は使わないで、もともとあった物を長く使う。長く使う物ならば、あるいは長く使っていくサービスならば、これからはそのサービスや物に「新しい価値があること」、「キメ細やかに心のこもったものであること」、そして、「環境にもやさしいこと」、これが喜ばれる世の中になっていくと思います。新しい価値を生むような物やサービスを提供できる感性豊かな人が高評価を得る。そんな世の中に変わっていくだろうと見込まれます。
ワークライフバランスというと、仕事と私生活のバランスをとるためにそれぞれ少しずつ力を抜くとか、私生活を重視して仕事は適当にこなしていく、あるいは仕事の力を抜いた分、家庭生活のほうに力を入れていく、といった考え方をしておられる方がいらっしゃるのですが、そうではなく、私生活の時間で得られた充実の体験や成果を仕事に活かして、仕事の感性、仕事の付加価値を高めていくための取り組み、これがワークライフバランスということです。仕事に活かせるような価値を私生活の中で見出していく。そのために私生活も充実させて、仕事へも循環させていきましょうというものです。これからはワークライフバランスを戦略的に取り入れていくことが、企業の価値を高めていくためのキーワードになっていくということです。
さて、諸外国ではこのワークライフバランスはどのように使われてきたのかと申しますと、まずアメリカでは、1980年代の後半の不景気のとき、効率的な業務遂行により人件費を抑制するための手段としてワークライフバランスが用いられて、これが景気回復に貢献したと言われています。ワークライフバランスを推し進めるためには人手を減らす、あるいは残業を減らすという取り組みです。不景気のときに単に労働時間を減らして、その分、人を増やすと、人件費がアップしてしまいます。そこで、今までこなしていた仕事の量を、効率アップによって今までどおりの人間で行っていく。その結果、人件費は下がり、売上は維持する。これがアメリカで取り組まれたワークライフバランスの施策です。現在ではワークライフバランスを取り入れていないと企業は優秀な人材を確保できないという環境にまでなっています。恐らく日本もそのようになっていくことでしょう。
また、イギリスでは、ブレア政権の下、政府と民間が一体となってワークライフバランスキャンペーンを打ちました。その結果、先進国で最下位だった労働生産性が上昇し、日本を上回って、長らく低下していた就業率も回復傾向にあります。
労働生産性とは、簡単に言えば、1人が1時間働いたときに幾らの売上が上げられるかという数値です。言葉をかえれば、1人が1時間働いたときに得られる付加価値の額が幾ら上がるかということです。日本はこの労働生産性が先進国では最下位、世界では第19位です。1位はルクセンブルクで12万6,121ドル、日本は7万3,374ドルです。労働生産性が上がれば、より短い労働時間で、より高い売上、より高い付加価値を上げることができるわけですから、諸外国と比較して、日本はいかにだらだら仕事をして、それでもって国際競争力を維持しているのかということが見て取れるということです。
実はこれにはちょっとしたからくりがありまして、諸外国と比較すると日本はOJT(On the Job Training)、すなわち職場の訓練が多いという結果も出ています。仕事の時間中に教育訓練のために割く時間が長いということです。アメリカでは職場は労務を提供する場所、自分の労働者としての価値を発揮するだけの場所というドライな考え方があるので、自分の職業能力を維持するため、または向上させるための教育訓練や自己研鑽はプライベートの時間にしているそうです。そうすると、測られる労働時間はおのずと短くなります。そういうことで単純比較はできませんけれども、労働時間で比較すると日本の労働生産性は非常に低いということです。
そんなわけで、苦しいときこそ実践すべき戦略、これがワークライフバランスなんです。いかに人材力を発揮させるか。その人の日常生活からの感性を仕事に活かしてもらって、その人間力によって付加価値を高めていく。そして、いかに人件費を下げるか。長時間労働になれば、割増賃金の支払いが必要になります。同じ人に2倍働いてもらうか、その仕事を2人で行ってもらえば、人件費コストは確実に下がります。中小企業の経営者様に、「忙しそうなのに従業員を増やさないんですか」と聞くと、「人を増やす余裕なんかないよ」とおっしゃいました。でも、1人の人に長時間労働をさせれば、その人に支払わなければならない割増賃金のほうが高いと思うんです。それで、よくよく話を聞いてみると、サービス残業をしてもらうのが前提で人件費予算を立てていたのです。もし皆さんの会社が法令水準どおりに割増賃金を支払うことになれば、確実に人を増やすという選択を行うはずです。残業代を支払うほうが人件費が高くつくということが明白だからです。そんなわけで、ワークライフバランスに取り組むということは、法令順守のもとで考えると確実に人件費を下げる効果を生んでいます。
そうはいっても、ワークライフバランスというのは、単に労働時間を短くすればいいというものではありません。まずは働き方の見直しを行って、効率よく、今まで行っている量に近い仕事をこなしていくことです。大前提として、まず働き方を見直します。そうすれば時間当たりの生産性が上がって、企業業績が向上していくことは間違いありません。取り組みはさまざまありますが、いろいろな制約条件を持って働いている従業員の方を抱えている企業にとって、ワークライフバランスへの取り組みが喫緊の課題だろうと思います。
労働時間を今よりも減らすと、まず割増賃金等の支払い分、人件費が下がります。そして、自己研鑽の時間と意欲がアップし、従業員が成長すると会社も成長していきます。実は私は、社会保険労務士事務所のほかに、「株式会社もっとよくなる」、という中小企業のための企業研修の事業も行っているのですが、そこで企業の担当の方によく聞くのは、社内研修や、会社が指示をして参加させた研修には、どんなにお金をかけてもあまり期待した効果はついてこないということです。自分が自らこれを受けたい、これにトライしたいという主体的な意思で取り組む研修には、従業員は結構高いお金も払っているようだし、会社を休んでまでも参加している。そこで得られたスキルのほうが大きいのではないか。つまり会社がお膳立てをして受けさせる研修よりも、自らお金を払って受ける研修のほうが、本人にとってはすごく効果が高い。自分が選んで参加する研修の時間を与えるために労働時間を削減すると、いい効果があるということです。
そして、新たな情報やインプットのチャンスが増えますから、スキルが高まります。さらに、家庭や地域への参画が増えますので、外部との交流で人脈も広がり、その経験が仕事にいい影響を与えます。仕事ばかりの方ですとご近所付き合いがあまりありません。またPTA活動での交流もあまりありません。労働時間を短くして地域への活動に参加することによって、「安中さんってそういう仕事をしている人なんだ。じゃあうちの仕事とのコラボレーションができるんじゃない」なんていうことで、仕事の受注へとつながっていく。そんなこともあり得るわけです。
また、視野が広がりますから、企画力が上がるという声も聞かれます。長時間労働をしているとなかなかいいアイデアがわいてきません。そうではなくてリフレッシュをして、家族と出かけてみる。美術館に行ってみる。自己研鑽のための研修に参加して、普段出会わないような方との交流をする。こういったことから新しいアイデアがわいてきて、仕事が効率的にできるということです。
また、長時間働く必要がなくなるので退職率が低下します。どんなにやりがいのある仕事でも長時間労働が続いてしまうと、皆さん、あるところまでは頑張れるのですが、もうこらえられなくなって辞めていってしまうんです。特に若年層の方にその傾向が強いように思われます。うちの会社は世界的にも有名な仕事を受注していて、やりがいもあるはずなのに、どうして従業員が辞めていくのか、というお悩みを持ちかけてくる会社の労働時間はおしなべて長いです。結局疲れてしまうのです。また、プライベートの時間が持てないことに行き詰まってしまうのです。そういうわけで、長時間働く必要がなくなると退職率が低下するという効果があります。
そして、心も体も健康になりますので、疲労の蓄積による作業効率の低下やミスの増加を防げて、制約のある方も生き生き働けるという効果もあります。多様な価値観を育てて、商品づくり、サービスづくりの面で競争力が高まっていきます。これがワークライフバランスに取り組む一つのメリットだと言えましょう。
また、ワークライフバランスの施策は、仕事のプロセスを改善するという取り組みから入れていかなければなりません。この取り組みをするだけでも生産性が高まります。トリンプ・インターナショナル・ジャパンという下着をつくっている会社がありますけれども、前社長の吉越浩一郎さんは、生産性を高めるためにさまざまな取り組みをされました。その一つが「がんばるタイム」というもので、電話にも出ない、たばこも吸わない、お茶も飲まないで仕事に集中する時間を1日に2時間設定するのだそうです。そうするとかなり生産性が上がります。集中して仕事をすれば、かなり短い時間でも高い生産性を上げることができるようになるということです。
また、これからは多様な働き方を提供できるということが、その会社の特徴になっていくだろうと思います。24時間働く人だけが評価される─。そんな会社はこれからはいい会社とは認められなくなっていくはずです。さまざまな制約のある社員も生き生き働けるようになることで、採用コストが削減されます。1名分の採用・育成費用は1,000万円程度かかると言われていますが、退職する人が減れば、その分、コストが削減できます。制約のある社員というのは、一つには時間制約を持っている社員が少なからず出てきています。例えば出産のため仕事ができないという女性、職場復帰はするけれども育児のために残業はできない、時間勤務しなければならないという方、あるいは、親御さんの介護のために一定期間、時間で働かなければならない、あるいは休まなければならないという時間的制約を持っている方もいます。それから、ご自身が病気あるいは障害を持っていて、長時間労働することができない方、そういった方が長く続けられるような会社であれば、有能な人材も集まってくると思います。
それから、職種、地域の制約を持っている方もいらっしゃいます。例えば内部の仕事、事務職だったらできるけれども営業は絶対やりたくないという方、これを制約と言うかどうかはさておき、それも多様性の一つなんです。今までだとそんな方は主たるラインからは切り捨てるしかなかったのでしょうが、それでも事務処理は誰よりも的確に、しかも生産性も高くこなすという方は御社にもいらっしゃると思います。その方たちも継続就業できて、満足しながら生き生きと働ける場面を提供していくのがよろしいのではないでしょうか。また、昇進したくないという制約を持っている方もいます。自分は部長にはなりたくない。課長にもなりたくない。今のポジションのままなら一生懸命働ける。これも今後は多様性の一つとして認めてあげなければいけないだろうと思います。
メンタルの制約を持っている方もいます。そういう方々に打たれ強くしていこうという教育の取り組みをするのではなく、打たれ弱い人は打たれ弱いなりの制約条件を持っているのだと受け入れて、その上で給与面なりの処遇を決めていく。その方もそうでない方も納得できるような働き方を提供できればいいのではないでしょうか。
また、これからは高齢者雇用の場においても多様性を認めて、ワークライフバランスを推進していくことが重要な課題になっていくだろうと思います。今年4月1日、高年齢者雇用安定法が大きく改定されました。平成25年に60歳に到達する方から老齢厚生年金の支給開始年齢が徐々に引き上げられて、最終的には60歳代前半には年金が全くもらえないという世の中に変わっていきます。この法律によって、平成25年4月から、61歳になるまでは本人が希望したら全員雇用しなければならないというルールが施行されました。平成38年になりますと、65歳になるまでは希望した人を全員雇わなければいけないことになります。こうなりますと、60歳を過ぎてもまだまだ若くて元気だという方もいらっしゃいますが、体力的な制約を持っている方とか、あるいはフルタイムでは働きたくないという方も出てきますので、そういった方たちに多様な働き方を提案することも今後は必要になってきます。結局、会社は人でできているのです。多様な働き方に対応することで、優秀な人が御社の価値を高めていってくれる。そのように考えております。
それでは、企業はどんな課題を抱えているのでしょうか。企業が抱えている人事課題に関するアンケートを見ると、1番目は、優秀な人材をどうやって確保していくか。それから、社員の教育・能力開発、モチベーションアップ、幹部候補生の選抜・育成といったものが順に並んでいます。優秀な人材の確保という面では、長時間働いてくれる人を評価する、そういう姿勢でいる企業には、これからは優秀な人材は集まってこないだろうと思います。また、社員の教育・能力開発については、ワークライフバランスに取り組んで、自分が選ぶ研修や、自分が選ぶところで勉強ができるという環境を整えてあげれば、この悩みは大幅に解消されます。社員のモチベーションアップについても企業PRを行って、ワークライフバランスへの取り組みを推進しているという姿勢を見せることで、大きな効果を得ることができます。
さて、これから私どもの事務所で取り入れている週4正社員制度についてご紹介したいと思います。週4正社員制度というのは、要は週3日休みがあるという話です。週2日休みでも休み過ぎだろうと思う方がいるかもしれませんが、私どもの事務所は週3日休みです。そうすると、ある場所に行くと「いいなあ」と言われますし、ある場所に行くと「え、大丈夫なの」と言われます。まず申し上げておきますと、経営状態は非常に良好ですので、大丈夫です。
週4正社員という制度をご理解いただく上での大前提として、まず、ワークライフバランスが考え方の根底にあります。そして、その前提として6つの取り組みを必ず行わなければなりません。行った上で初めて効果が出てくる制度です。
1つ目は、業務は徹底的に効率化するということです。無駄は徹底的に排除します。製造業の会社の工場を見学させていただきますと、無駄を省くための工夫が様々なされています。うちの会社には無駄はないと考えていらっしゃる方がいるかもしれませんが、何かをなくして、どこへいったかなと探すことがあったりしませんか。探している時間は非常に無駄だと思いませんか。そういった無駄を省いていく。また、クレームが発生したとき、時間の無駄がものすごく出ませんか。お客様のところに謝りに行くにしても1人では行かないはずです。クレームはチャンスだという考えもありますけれども、時間的効率から考えると、クレームが発生しないような仕組みをつくっておくことが業務効率のアップにつながると言えます。
そして、2つ目は、人材確保のためのPRをします。会社のイメージがアップすると採用応募数は増加します。また、「働きたい、働き続けられる」魅力的な企業であることをホームページや会社案内で広く発信して、優秀な人を引き付ける。これを行うためには、ワークライフバランスに取り組んでいることが必要です。ちなみに私どもの事務所では、人は現在募集していないのですけれども、コンスタントに月2通から3通の応募が届いています。その応募には、「今、私は子育てをしているけれども、週4正社員だったらいけそうです。雇ってくれませんか」とか、安中事務所でなら働けそうだと書いてあります。私どものような規模で募集もしていないのに応募が毎月コンスタントにあるというのは、殺到しているというのに等しいのではないでしょうか。また、社員も自分たちはそういう会社で働いているのだということで、誇りを持って働くようになります。
3つ目の取り組みとして、経営者が休暇の取得を促進しているという姿勢を示さなければなりません。疲労の蓄積は作業効率の低下、ミスの増加につながります。休暇取得の促進によって健康力がアップし、作業効率も向上します。そして、これも本当に多いのですが、メンタルヘルス不全の予防にもなります。うつ病で休んでいる人がいっぱいいますし、この方たちの復職のためのコストもものすごくかかります。ですから、そうなる前に予防することが重要です。従業員から見て休暇を取得しづらい職場は、おしなべて評価もよくありません。我が社は残業は規制する、効率的に仕事をしろと言うけれども、有給休暇が取れる環境にないし、取ることを推進するという経営陣の意思も全く見えない。「結局は人件費を削減するためだけのワークライフバランスでしょ」というような批判がわいてきます。したがって、何か施策に取り組もうとされる場合には、経営者の方が休暇取得を促進するという意思を示さなければなりません。休まれたら売上も下がるし、人件費ばかり高くなるとお考えでしょうけれども、このような取り組みをしたほうが従業員さんたちは喜んで働いてくれるようになりますし、限られた時間で最大限の能力を発揮してくれるようになります。
4つ目は、出産・育児、介護支援を打ち立てることです。団塊世代が介護世代に入るこれから5~10年後、介護で休む男性の数が育児で休む女性の数を超える社会になっていくだろうと見込まれています。我が事務所で関係している中小企業の従業員さんたちを見ていても、介護のために退職するという40代から50代の男性社員が非常に目立つようになりました。40代、50代の中堅社員の方は、その会社で20年も30年も働いていて、就職するときに地方から来ている方が多くいらっしゃいます。親御さんは地方にいらっしゃって、その親御さんが要介護の状態になったとき、会社を辞めて田舎に帰りますと言って、せっかくの戦力なのに辞めていかれる男性の方を本当によく目にします。
そういうとき私どもは、介護休業制度を活用されることをご提案しています。最初の3カ月間休んでいる間は、会社から給料は出ないけれども、雇用保険から働いている分の50%の保険金が出ます。まずはそれをもらって、親御さんのもとに帰って休んだらいいのです。そういう制度があるのかと経営者さんはびっくりされますけれども、そのために雇用保険料を払っているわけです。そうすれば3カ月の間にいろいろな事情が整理できて、また戻ってくるという方もいますし、会社のほうでその方が働けるような環境を整えましょうということで、新たな制度を取り入れている会社もあります。これからは社会に合わせた働き方のできる企業に変革していかなければなりません。制約を持っている従業員さんが必ず増えていきますから、企業もそれに合わせて柔軟な働き方を提供していかなければならないだろうと思います。出産や育児、介護について、会社は支援しますよという意思を示さなければなりません。
5つ目は、自己啓発支援ということです。これも必ずセットで行っていただきます。「労働時間を短くするかわりに、自由になった時間で自分自身の職業スキルを高めてください。そうすることで仕事に対するスキル、感性を戻してください、還元してください」というのが、ワークライフバランスの考え方です。会社の将来像に合致した人材を育成することは、会社の市場競争力を高める上で重要な取り組みですから、自己啓発を支援して、従業員の成長によって会社も成長していくような関係にしていかなければなりません。
例えば私どもの事務所では週3日も休むのですから、休みが多い分、こんな研修があるよと、研修メニューをいっぱい情報提供しています。行ってこいという指示は出しません。情報だけ提供するのです。研修費用の補助は出しますけれども、あくまでも本人が行きたいという場合に限ってですから、それは自分のためという意識で行きます。そうでないと何もつかめないからです。みんな、あちこちの研修に熱心に参加しています。
6つ目は、残業削減ということを打ち出しています。例えば週4日勤務になったとしても、1日の労働時間が10時間労働、12時間労働だったら、結果的に1週間、1カ月で働く時間は同じです。そこで、長時間労働を削減することの意思表示を行います。長時間労働をすると生産性が低下して、だらだら残業が発生しがちです。頭がぼうっとしてくると、やってやるぞという仕事の意欲も低下してしまいます。さらに、離職率が高くなります。健康を害した場合の休職に伴う労働力の損失の問題も回避しなければなりません。また、復職させるときの損失も大きいです。そういうわけで、残業の削減を経営陣が打ち出していくことが必要だということです。
それでは、いよいよ週4正社員制度のお話をさせていただきます。
週4日で、かつ「正社員」というのがみそです。パート労働者ではありません。週4日で正社員である、そういう制度が救うのは、出産を考えている女性社員もそうですし、育児中の社員、親の介護のため退職を考えているような幹部社員もそうです。病気を抱えて治療と仕事の両立に苦しんでいる社員、また、継続雇用を希望する高年齢のベテラン社員もそうです。そして、何よりも会社そのものが週4正社員によって救われるのではないかと思っています。
私どもの事務所では、所定労働日数は週4日で、休日は日曜日プラス、シフトで決めた2日間です。その2日間については、私どもはたくさんの企業と契約していて、それぞれの従業員が担当する企業を抱えていますので、その会社の都合も考えて、休む日を自分で決めます。そして、1日の所定労働時間は2コース設けておりまして、Aコースは7時間、Bコースは6時間です。したがって、1週間で28時間、あるいは24時間で、これ以上長い勤務の社員は我が社には存在しません。
週4正社員制度を発明したきっかけですが、もともとは私どもも週5日制だったのですけれども、業務の中心になっている社員が、ある日突然、おなかが痛くなって病院に駆け込んで、そのまま入院してしまったのです。それで長期療養に入って休職してしまいました。そして、その補充のために1名、追加採用したのですけれども、とてもではないけれども間に合わず、2人で働いてもらいました。これが実はきっかけなんです。1人で働いてもらっていたものを2人に分けてみたのです。そうすると、潤沢な資金があるわけではないので、2人働いてもらうためには人件費を削減しなければいけない。そういった必要性に迫られたわけです。それで、働き方を週4日にして、時間も短くすれば、新しく採用した人たちがストレスで倒れてしまうこともないだろうし、今後、長く働き続けてくれるのではないかと。そして、私どもの業務はお客様との信頼関係が強くなければできませんから、パートさんにお願いするというようなものではありません。やりがいを持って、かつ安中事務所の社員だという誇りを持って働いてもらうために、正社員という処遇を与えました。引き継ぎも困難な中で、仕事を分担してできるような業務体制、職場環境をつくるという課題に直面したことで、週4正社員制度を取り入れたということです。
その結果、すごくいろいろないいことが起こりました。まず、働いている従業員たちがみんなものすごく生き生きしています。育児中の人、あるいはどなたかを介護をしているという人もいます。いろいろ個人的な制約があって振替勤務はできないけれども、任されている仕事は責任のある、やりがいのある仕事なんです。例えば以前はパートで働いていて、正社員さんの指示を受けていた人がいます。自分の考えで動くということはほとんどしてこなかったけれども、今は決められた時間の中で自分の責任で仕事ができるから、すごくやりがいがあると言っている人もいます。
それから、持続可能な勤務が実現していると思います。休みの日が日曜日プラス2日あるので、子どもの急な発熱などで仕事を休んでも、あと1日、平日の中で出てこれる日があります。そうすると、3日休みというのは維持したまま、平日のどこかで休んでも、ほかの日に出てくれば週4日は保てるのです。ですから、我が事務所では欠勤する者がありません。無論それは自分が抱えている仕事と担当している取引先様との信頼関係がなければできないことでしょうが、全員同じ環境なので、後ろめたそうな顔をして出勤してくることは全くありません。欠勤しているという意識そのものがないからです。これは生産性のアップに非常に寄与しているのではないかと思います。
そして、顧客への貢献力の醸成にも効果があります。プライベートの時間に吸収した体験を仕事に還元しているのです。私どもの事務所では、お客様にメールを送ったり、電話をかけたりするときに、余計な一言を付けることをルールにしています。休みの日にこんなことがありましたとか、どこそこのあじさいがきれいに咲いていましたとか、何でもいいから余計な一言を付けるようにしているのです。「どこどこへ行ってきたのね」とか、そんなことで話もはずんでいるようです。
また、従業員が自らお客様企業の社員さんに対して、「これからの働き方はこうでなくてはいけないんじゃないですか」「残業時間が長いからといって、それが社会に役立っている働き方なんですか」ということを発信しています。経営者さんまでというのはちょっと難しそうですが、そうしたことで社員の皆様方を感化しているように見えます。
そして、もちろん生産性が向上しております。私どもの職員は長時間労働ができないので、仕事にものすごく集中しています。
それから、社内結束が向上している点も大きなメリットだと思います。「欠勤する後ろめたさ」がないので、休みの日にどこそこへ行ってきたとか、何を見てきたとかいうことを積極的に社内で共有することができています。年金の研究会に参加してきたのよとか、賃金問題の研修に行くことにしたのよとか、そういった話が社内で飛び交うと刺激になります。自分も頑張ろうと思うのですね。あと、休みの人に子どもを交えて集まったりもしているみたいです。土曜、日曜は家族のために使って、平日休みが合ったときにそういった活動をして、社内のチームワークの向上に寄与しているということが言えます。
そして、これは経営サイドの事情ですが、業務量増加への対応性が高まっているところが非常に安心な点です。万が一、人手が足りなくなったとき、追加勤務をしてもらえる余力があるというのは、経営者にとっては非常にうれしいものです。週4正社員の場合、もともと週4日しか出ていないので、突発的な事故等が発生して業務量が一時的に増加したときには、「ごめん、あと1日出てきて」「あと3時間残業して」と言える余力があります。過去1年間を振り返って、「明日出てきて」「今日、夜9時までやって」というのは、私は2回ぐらいしか言ったことがないと思いますけれども、何かあったらお願いできる、そういった精神的な安心感は経営者さんにとっては非常にうれしいことではないかと思います。そうすると次の人員を確保するときの戦略のためにも、非常にバランスよくシフトしていけるのではないかと思っています。
しかし、週4日正社員制度はいいことばかりではなくて、課題もあります。
まず、圧倒的に労働時間が短いので、あっと言う間に1日が終わります。そして、週5日勤務プラス残業をしている方と比べると、収入がまだまだ低いです。それから、週3日休みのため、担当しているお客様にご迷惑になってしまうこともあります。
大きくこの3つの課題に対して、私どもの解決策は、1つは、働き方を効率的にする。短い労働時間の中でどのようにしたら効率的に働けるかを話し合うプロジェクトチームを組んでいて、様々なアイデアを所内で出してもらっています。また、意見や苦情は受付担当者を任命して、その人に集約させています。また、「ノー残業DAY」を導入して、5時に帰るというなら、ぴたっと5時に帰るということを徹底させました。そのためにまずは週1日、この日は私は何時に帰りますという宣言をしてもらって、時間が来たら電話が鳴っていようとその人は出ない。そういう取り組みを行いました。
また、賃金制度を明確にしました。我が事務所は、週5の正社員の方に近い給料を払ってはいるのですけれども、もっと高い給料を実現していくために、売上や経費を従業員と共有していますし、利益も毎月毎月共有しています。そういう中でどうやったら高い付加価値を得られるか、労働生産性を高めていけるかということを示して、こうなったら賃金が上がっていくという、そういった仕組みを設けています。
高年齢者の方などに新しい働き方を提供する場合は、賃金制度もセットで行わなければなりません。仕事の量、その方の職務遂行能力によって、賃金に差をつける。さらに持っている制約条件によって賃金を差をつける。そうするとこの3つの基準で賃金に差がつくことになります。そういう仕組みを導入すると、評価と仕事の内容と制約、この3つを組み合わせた非常に従業員に納得性の高い賃金制度を構築することができます。
そして、解決策として、お客様から協力が得られるようにしています。まず週4正社員制度を導入していることをお客様に公表して、ご協力いただくようにお願いしています。今後の日本社会に貢献するものになるということをご理解いただいて、支援をいただいております。そうすると、今日中に解決してもらわないと困るというようなことをおっしゃる方は意外と少なくて、むしろ、そういう取り組みだったらうちもサポートするといって、非常に協力的に乗ってきてくれる企業さんが多くあります。
また、地域への社会貢献活動を行うために、ボランティア休暇制度を導入して、お客様からも共感をいただけるような仕組みにしております。
それから、貢献意欲をアップさせるために、社内でワークライフバランスの研修を行ったり、週4正社員でも有給休暇を確実に取れるように、様々な取り組みを行っております。社外研修の情報も豊富に提供しており、受講費用の補助も行っております。
私は先日、高校生に向けて、週4正社員という働き方がこれから出てくる、それ以外にも1日4時間の正社員という制度を打ち立てている会社もあるし、いろいろな働き方があるという話をしたのですが、最近、4時間労働や6時間労働を打ち出す企業が増えているということにとても驚いたようです。皆さんは新聞を読まれていますから、限定正社員とか多様な働き方をする正社員を抱える企業の記事をたくさん目にしていらっしゃると思いますが、高校生にとっては非常にびっくりしたことのようです。「何事も自分次第でどうにでもできるということをこの授業で学びました。やりがいを見つけ、工夫し、努力し、勉強もし続けることが大事だと思いました」という高校生もいました。未来のある高校生がこれからの働き方に希望を持つために、大人たちが長時間労働で疲弊している姿を見せるのではなく、いろいろな働き方ができる、選択肢が広がるという夢を見せたほうがいいのではないかと思います。
御社でもこれからの働き方を考えてみませんか。検討できる点はありますか。既成概念を覆す働き方の仕組み、これを私は「多元人事システム」と言っています。フルで働きたい人は働けるようにすればいい。一定の制約を持っている人は、制約がある中でも生き生きと働けるような仕組みを入れればいい。それらの方たちが混在する会社においては、両者が納得できるような賃金制度、人事制度、評価制度を取り入れていけばいいのです。
また、今日話をお聞きいただいて、早速、取り組もうと思うことはありましたでしょうか。すぐに働き方の多元化はできないとしても、効率化のための取り組みはすぐにでもできます。探し物をなくすための仕組みとか、いろいろあります。ぜひすぐに行っていただきたいと思います。
私ども、安中社会保険労務士事務所の職員、また私の活動については、フェイスブック「安中事務所の広場」で検索していただくと、種々の取り組みを載せております。こんな効率化のためのアイデアをやっていますとか、こんな企業さんでお話をさせていただいていますとか、そんな取り組みを日々更新しておりますので、ぜひご興味のある方はごらんください。
私のお話は以上で終わりとさせていただきます。ご清聴いただきまして、ありがとうございました。(拍手)
(了)