2014年3月講座
「新しい民間外交の可能性
-日中・日韓関係の立て直しに向けて-」
言論NPO代表
工藤 泰志 氏
今、日本政府と中国、韓国との外交は全面ストップしています。外交が存在していないのですが、東シナ海では非常に危険な状態が続いていて、これを一体誰が解決するのでしょうか。実はこれが私の問題意識でして、民間が1つの役割を果たす段階に来ていると思っています。
私は東洋経済というところで、オピニオン誌「論争東洋経済」の編集長をやっていました。私の大好きな石橋湛山が生誕100年のときに、彼を讃えたオピニオン誌をつくりました。石橋湛山は、戦争に反対したジャーナリストでした。メディアのほとんど全てが戦争に加担した中で、東洋経済は「小日本主義」を提起して、アジアの振興よりも国内にこそフロンティアがある、日本の改革をすることによって日本の未来を築こうということを提起したわけです。あのときに、なぜ戦争に反対することができたかというと、企業の皆さんを含めた日本の自由主義や、この国を発展させたいという人たちがいろいろな形で支えていたからです。つまり、そういう人たちが横につながってこの国を大きく変えていこうとしていたのです。それが「論争東洋経済」創設の理念でした。
言論NPOは、そのために13年前に誕生しました。ですから、アジア外交をやるために誕生したわけではないのです。しかし、それから3年後に、日本の北京大使館が5,000人の群衆で囲まれるという大変なことが起こりました。この状況を誰が解決できるのだろうかと、私は疑問に思いました。政府外交は機能していませんでした。メディアがお互いに報道することによって自国のナショナリズムを加熱させて、そのために国民の感情が悪化し、主要都市に広範なデモが起こる事態になっていました。民間のさまざまな交流が全面ストップして延期になりました。このとき私は、これを解決するのは私たちしかない。政府がやっている外交と私たちがやっている国民としてのつながりをもう一回考え直す重要な局面に来ているのではないか。私たち自身がこの国の未来や地域の安定にとって非常に重要な役割を果たすタイミングに来ているのではないかと思ったわけです。
そして、2005年に中国に単独で行って、「 東京-北京フォーラム」という中国との間の対話の場をつくりました。この対話は、今、日中間で唯一のチャネルです。政府間関係がない中で、今の状況を改善するようなチャネルがだんだんなくなってきました。日本政府も何とかこの状況を打開したいということで、私たち民間の動きと連携するしかない状況になっています。
私たちのNPOの活動は、有権者そのものが強くならないとこの国は変わらないという主張です。有権者の人たちがいろいろなことを自分で判断するために、いろいろな材料とか場を提供したい。本来、それはメディアの役割ですが、十分にできていないと感じて私たち非営利組織が動いたのです。日本を代表する500人ほどのオピニオンリーダーがいろいろな形で私たちの運動に参加しています。アドバイザリーボードには、小林陽太郎さん、明石康さんなど12人いて、この運動を一緒にやっています。
私が一番初めに感じたのは、例えばイギリスでは選挙のたびに、フィナンシャル・タイムズとかBBCなどのメディアが有権者の代わりにきちっと評価をし、その国の政策なり政党の掲げている政策を評価して、それを有権者に伝えるという作業をやっていますが、日本ではそういうことがないということでした。そこで私は、有権者が政策を判断するためのチャネルをつくりたい、つまりは政党の政策と政権の政策実行の評価をしたいということで、日本のメディアを歩き回って、「本来そういうのはメディアがやるべきじゃないか。一緒にやりませんか」と声をかけました。しかし、メディアは中立性があるということで、皆さん及び腰でだめだったんです。そのときにたった1人、「工藤さん、これは一緒にやろうよ」と言ってくれたのが今の毎日新聞の社長の朝比奈さんでした。そして、毎日新聞と言論NPOが連携して一緒にやることになりました。私は、ジャーナリズムとしてきちっと視点とか腰が据わっている毎日新聞はすごいなと思いました。それ以来、一緒にいろいろなことをやっています。
実を言うと、私は2週間前にオーストラリアと北京に行って、先週帰ってきたばかりです。オーストラリアに行ったのは、今、世界に『フォーリン・アフェアーズ』という非常に有名なクォリティ誌を出している外交問題評議会という最も権威があるシンクタンクがあって、これ が2012年に世界20カ国のトップシンクタンクを集めた会議を 発足 させ、イギリスのチャタム・ハウスなど世界を代表するシンクタンクの会議が行われたのですが、小さいながら私たち言論NPOがその日本代表に選ばれたからなんです。
私たちは、世界の会議に参加することによって、今、グローバル・ガバナンスが非常に揺らいでいるということを理解するようになりました。国連も含めて、さまざまな取り組みが政府間の協議ではなかなか実現できていません。中国を含めた新興国の台頭があったりして、今までのアメリカを中心とした先進国だけでは合意が形成できないわけです。その状況を乗り越えるために、世界では私たちのような民間が課題解決に向かって動いて、国際的なグローバル・ガバナンス、つまり、課題解決の役割の一端を担って秩序をつくっていこうという流れが始まっています。
私は、世界には自分たちの問題として国際的なことを考えるという流れがあるんだなということを痛感しました。そして、もう1つ感じたのは、東シナ海、東アジアの問題を世界が非常に懸念しているということです。東シナ海には、まず北朝鮮の問題があります。台湾と中国の問題があります。日本と中国、日本と韓国の対立もあります。場合によってはそれが紛争になりかねないような状況です。そして、それに関して政府外交がほとんど機能していないという非常に大きな問題があり、この問題を誰が解決するのかということを世界が気にしているわけです。
オーストラリアに2週間前に行って、20カ国のシンクタンクのトップと会ったのと同時に、オーストラリア政府の首相の側近の人たちとかなりディスカッションをしました。4月にアボット首相が東京に来ますし、安倍さんも多分4月にオーストラリアに行くことになりますので、今年はオーストラリアとの関係が2回あります。そういうこともあって、ミラー大使に「工藤さんが行くのであれば、ぜひ政府関係者と会ってほしい」と言われて、この会合がセットされたわけです。そこでほとんど全員に言われたのは、東シナ海は大丈夫か、中国との問題は大丈夫か、安倍さんが靖国を参拝したけど大丈夫かということでした。いろいろな人たちにそう言われて、私は世界がどういうことを考えているかという情報や動きが日本国内に伝えられていないのはまずいんじゃないかと思いました。
100年前に福島県の二本松にいた歴史学者で、当時はイェール大学の教授をしていた朝河貫一という人が『日本之禍機』という本を出しています。「禍機」というのは今の言葉で言うと「災い」で、彼が書いたのは、国際輿論を客観的に理解できないことが日本を窮地に陥れてしまうのではないかということでした。当時は、バルチック艦隊が来て、日本はロシアとの戦いで勝って非常に盛り上がっていたのですが、その後、対華21カ条をはじめとして日本はアジアに侵攻を始めていきました。それに対して世界は気にしていたわけですが、その論調は日本には伝わりませんでした。世界の論調と日本の論調が違うことを彼は書いたのですが、考えてみると、今も結構似ているなと思います。私もオーストラリアに行って、国際的な輿論と日本国内の輿論間にギャップがあるということを感じました。彼らが懸念しているのは、まさに今政府間外交が動かない中で、東シナ海で偶発的な事故が起こる可能性があるということです。それで私は、誰がこの状況を解決できるのかということを問題提起したわけです。
実を言うと、民間外交の役割が今、東シナ海で非常に重要な役割をになっているというこの論考は私が書いたのですが、これは外交問題評議会に出ています。日中、日韓については政府も民間も交流ができていないと世界は思い込んでいますから、私たち民間がこのことに今取り組んでいるんだということを世界に伝えないといけないと思って、確かに政府外交は止まっているけれども、民間ではこの状況を乗り越えるためにいろいろな動きがあるということを伝えたわけです。
今、言論NPOには6,000人ぐらいの人たちが登録していて、中には日本を代表する有識者の方もいます。私たちはその人たちに必ずアンケートをとっています。なぜかというと、一般の人たちがこの社会は非常に不安だと思う感覚と、メディアに依存しないで自分で判断していろいろな形でアジアに参加している人たちの感覚との間には、認識のギャップがあって、この認識のギャップは非常に大きい問題だと思っているからです。自分の仕事なり交流関係を通じて社会問題を考え、感じるという認識を「輿論」、センチメンタルで情緒的に、あの国は嫌いだという認識を一般の「世論」だと私たちは思っているのですが、両者の間には3カ月ぐらいのタイムラグがあることに気づいたのです。であれば、輿論の状況を絶えず把握しながら政策的な議論をしたいと考えました。
今年の正月に「あなたは2014年で何が一番気がかりですか」という質問を有識者の人たちにしたところ、去年まで断トツで1位を維持していたアベノミクスが初めて負けて、日本と中国、韓国など近隣国との関係改善が1位になりました。アジアのことをかなり多くの人たちが気にし始めているわけです。
今年は第一次世界大戦が勃発したときから100年目で、この 時といまの東シナ海との類似性を感じるという論調が今の世界に出ていますので、「欧米では尖閣問題などが21世紀の紛争の火種になるのではないかという指摘がありますが、あなたはそう思いますか」とさらに質問してみました。そうしたら、7割を超える人たちが「危機感がある」「どちらかといえば危機感がある」と思っていることがわかりました。
東シナ海では、尖閣は日本の領土なわけです。だけど、中国もそれを主張していて、領海とか経済的な制限水域のところに、中国のコーストガードという沿岸警備隊みたいな海監が時たま来ていて、それを日本の海上保安庁の艦船が追い出すというせめぎ合いをずっとやっています。心配なのは、そこにホットラインがないということで、現場の自制心だけで危機が維持されている状況です。
なぜこのように自信を持って言えるかというと、私たちは中国との対話のチャネルの中で安全保障の対話もやっているからです。オープンの対話には中国の人民解放軍の将軍とか、日本の自衛隊の司令官とか防衛省経験者が参加していますが、去年の4月に1回それを非公式でやってみました。もちろんこういう対話は日本と中国の間に存在しておらず、私たちの対話だけです。当然、私たちは官邸に行って安倍さんにも報告したし、防衛省の小野寺さんにも外務大臣にも報告しました。中国も習近平さんに報告すると言っていました。これは秘密の話なのでメディアには一切出ません。私が司会をして現場レベルで議論したのですが、そのとき感じたのは、みんな紛争をしたいわけじゃない、何としてもそれを抑えたいと思っているということでした。
ただ、議論すればするほどコミュニケーション不足がいっぱい出てきます。いろいろなことに関する認識が結構違うので、コミュニケーションしていかないとだめなんですが、そういう場が存在していないわけです。そこで私は、そこにいる日本と中国の人たちに「政府が動かなくてもあなたたちが現場レベルで実質的にホットラインをつくったらどうか」と言ったのです。そうしたら、「政府がコミュニケーションできない以上、現場レベルでそれをすることは不可能だ」と言われました。そして、このとき私の覚悟が決まりました。政府間対話を何としてもつくらなきゃいけない。そのための環境づくりに言論NPOは取り組もうと思ったわけです。そして、そのドラマが去年行われました。その一部始終は、TBSの「報道特集」にドキュメンタリーが放映されましたが、日本と中国の間で本当に大変な作業をやりました。
今の東アジアには、問題が2つあります。東シナ海だけではなくて、南 沙諸島も問題があります。中国と6カ国、例えばフィリピンとかベトナムが領土を主張してぶつかっていて、そこはたまたまASEANプラス8という東アジアサミットの中で、COC、つまり平和的 に紛争を解決しようという形で行動規範ができて、その中で、南側はマルチでそれを何とかしようとしていますが、なかなかうまくいっていません。
そこで、政府間の枠組みで誰が東シナ海の問題を解決するのだろうかということをアンケートで聞いてみました。一番多かった回答は、日米中という形でした。これはミニラテラルな仕組みなんですが、日中の二国間の対話をどうするかということにアメリカを入れるという形を日本の有識者の3割が言い始めています。このアンケートはインターネットでも公開しているのですが、このときに香田さんという元海上自衛隊司令官とか、前の防衛事務次官とか、日本の自衛隊関係者を集めてオープンで議論しました。そうしたら同じ答えが出てきました。今のままでは危機管理のメカニズムをつくれないから、アメリカに仲裁をしてもらうしかないんじゃないかという声が非常に多かったのです。
今、韓国との間で首脳会談ができるかどうかということが取り上げられていますが、実は、アメリカが韓国なり日本に何としてもそれをやれというふうにかなり説得をしています。韓国と日本がこんな形で仲が悪ければどうすることもできない。しかし、日韓の政府間ではなかなか歩み寄ることができない。だからアメリカが動いているわけです。ところが、私が外務省にこの話をしたら、視野が狭いと怒られました。外務省から見れば、アメリカを巻き込んだ議論をすることは外交の否定になる。つまり、自分たちがこの状況をどうすればいいかということが今できていないわけで、これは大きな問題です。しかし、今、世界が東アジアに対して何とかしなきゃいけないと懸念をしているのは、まさに国際的な輿論になりつつあるわけです。そして、日本がどうすればいいかという展望をまだ出し切れない状況の中で、少なくとも日韓をちゃんとやってくれとアメリカが動いていることを、皆さんにも知っていただくことが必要だと思います。
ただ、アメリカを巻き込むことは必要だけれども、私も外務省と同じように懸念もあります。なぜかというと、今のアメリカと日本の関係があまりよくないからです。何となく持ち直しているような感じもありますが、私が海外に行った感じではあまりよくありません。私はアメリカの人たちとも国際的ないろいろなチャネルで議論をしますが、日本のことを非常に気にされている人が多くいます。そういう状況の中で、この問題が米中の対話になってしまう可能性が非常に強いので、やはり日中で解決するしかないでしょう。領土問題の解決は無理ですが、最低限、危機ラインの解決はすべきだと思います。
しかし、政府間関係の改善は多くの人が期待していません。となるとどこに活路があるか。政府間がやることはトラック1、私たちがやっているのはトラック2なりトラック1.5の会合と言っていますが、同じときに「あなたは東シナ海の東アジアの紛争回避で、トラック2などの民間外交の役割を期待しますか」と聞いたところ、8割近い人たちが期待していることがわかりました。つまり、今、政府間関係が動かない中で民間外交が重要な役割を果たせるかどうかの岐路に立っていて、私たちはそれをやっているわけです。
では、何をやっているのか。パブリック・ディプロマシーというのは、ある意味で公共の外交ということですが、実を言うと、これは政府が考える広報宣伝外交なんです。アメリカのビルに航空機が突っ込んだときに、ブッシュ政権はパブリック・ディプロマシーに5,000億円以上のお金を投入しました。当時、ジョセフ・ナイがソフト・パワーの1つの流れとして、政府のやる外交というのは単なる政府間同士の交渉ではなくて、相手国の世論にそれを直接伝えることも外交だと訴えましたが、これは失敗しました。
しかし、日本はいまだにパブリック・ディプロマシーがどうだという話をしています。新聞紙上では、尖閣なりいろいろな問題に対して、中国の外交官が世界に向けて広報宣伝をしていて、それに対して日本も対抗して広報宣伝力を強めなきゃいけないという議論があります。ところが世界はこれに違和感を持っていて、政府がお互いに説明をし合って宣伝しているだけで、このやり方では今の課題解決の転換はできないと思っているのです。
私たちが今、世界に提案しているのは、民間が運営する 舞台の中に、政府関係者も研究者もジャーナリストも、いろいろな人たちが課題解決に向かって参加し、輿論をつくり出していくことです。つまり、対話と輿論を連動した新しい民間外交の仕組みをつくるべきだということです。そして、これを「言論外交」と名付けて、責任あるオピニオンと健全な輿論に支えられる外交をつくれないかと思っているわけです。
考えてみると、私たちが目指している外交は、今まで9年間行ってきた日中との対話そのものでした。2005年に北京に行ったときに、私は「あなたたちの世論調査を私たちにやらせてくれ」と言いました。何で中国国民が日本に対してこんなに反発しているのかをどうしても知りたかったからです。自分たちの国に対するいろいろな批判と連動される可能性があるので、世論調査をやることは中国にとっては非常にリスクがあることです。それでも私はしつこく「世論調査をやらせてほしい。それを学術的に使いたい」と言いました。そしてやっと中国が「そこまで言うのであれば認めましょう」と言ってくれて、2005年から日本と中国で、毎年共同世論調査を行っています。9回連続で行っていますが、今やそれが世界で唯一の資料になっていまして、世界のシンクタンクやメディアはこの世論調査を使うしか方法はないんです。
2005年に1回目の世論調査をやったときにびっくりしたのは、中国の国民の6割が今の日本を軍国主義だと思っていたことでした。日本には報道も言論の自由もないと思っていたのです。日本が中国に対してODAをやっていることを知っている人は1%程度しかいませんでした。こういう状況では何かがあったときに必ず国民の反動となって出てきますから、国民レベルで交流をしていかないといけないのです。そして、そういうことをメディアが真剣に考えて、この環境を変えなくてはいけないと思いました。そこで私たちは5つの対話をつくりました。メディア同士の対話では、毎日新聞、朝日新聞、共同通信などの編集幹部が中国のメディアとガチンコで議論をします。それから安全保障を考える軍関係者の人、政治家同士、企業経営者、地方自治体のトップの人たちも参加して対話をします。この5つの対話は全部オープンです。私たちはこのような対話を日中の間で実現していて、この対話が、今非常に重要になっています。
去年の世論調査には、もっとびっくりしました。それは、中国の国民の43%が日本を覇権主義だと思っていたからです。多分日本の多くの人は中国を覇権主義だと思っているでしょう。覇権主義というのは、力で相手国に言うことを聞かせるようなイメージですが、中国国民の半数近くが日本を覇権主義だと思っているのは、尖閣の国有化を中国の輿論がそのように受け止めたということだと思います。
日中の国交正常化が大事だということで、先人たちは尖閣を棚上げして将来の世代がこれを解決しようとしていました。それによって日中は経済的な大きな展開が始まったのですが、そのときにお互いがあまりにも秘密裏で、相方の思惑がちゃんとわからなかったために、それぞれの国民は自分のストーリーでこの問題を考えたわけです。日本の古いメディアの人たちは取材していますから、そのプロセスはわかっています。鄧小平が日本に来て日本記者クラブで会見して、尖閣を棚上げしたという話をしたときに、日本のメディアは非常に驚いて、これで新しい動きが始まると言いました。当時の新聞もそう書いています。しかし、その後、過去の経緯について言う人はあまりいなくなりました。そして今、お互いが譲らずに対立だけになってしまっています。
この状況が世論だとすれば、この世論を変えない限り日中関係の新しい展望は出てこないと私たちは判断しました。世論を変えるためには、国民間が納得できる非常に簡単でわかりやすい言葉で日本と中国の国民が理解し合うことが必要で、それを私は「戦争をしない」ということだと思ったのです。世界が気にしているのは紛争です。だから、私たちは民間レベルで不戦を合意できないかということを考えました。
このドラマが去年ありました。政府外交と民間外交がぶつかって非常に大変でした。政府外交はお互い譲らないために、日本は領土問題も存在しない、棚上げもないという外交姿勢をとっており、中国は実際あるじゃないかという話をしていて次に動けない状況です。でも、世界はこの対立を何とか立て直さなきゃいけないと言っているわけです。私たちは、今の問題に関してどっちが正しいということを言うのではなくて、どんなことがあっても戦争につながるような行動をしないということを日本と中国の間で合意することが不可欠だと思いました。
そして、10月26日に徹夜でこの協議が行われました。日本側は、私と元国連事務次長の明石康さん、前の中国大使の宮本雄二さん、前の日銀副総裁で、今はオリンピックの事務局長の武藤敏郎さんの4人が参加して、朝4時まで中国とやりました。しかし、このことを公表をすることは中国も世論を刺激するためにできないということで、本当のぶつかり合いになりました。どうしてもうまくいかなくて、最後に私は王毅外交部長に直談判しに行きました。もともとこの対話を始めようとしていたときに手伝っていただいたのが、当時の王毅大使だったのです。私は王毅さんに、この状況はあまりにも危険なので、外交部長ではなくて古い友人として会ってくれないだろうかという手紙を出しました。そうしたら王毅さんが出てきて、二人で2時間議論しました。王毅さんがはっきり言ったのは、「あなたは何を悩んでいるのか。民間外交は政府が介入しちゃいけないんだ。我々もそう思っている。工藤さんが考えることで合意を形成すべきだ」ということでした。私たちは、あくまでも民間として一般の世界の輿論なり市民が理解できる言葉でどうしても合意をつくりたかったので、私は非常に大きなサポートを得たと思いました。その後、ホテルに帰って午後11時から朝4時までまた議論しました。そして、その結果「不戦の誓い」を合意しました。この合意は非常に大きいもので、テレビも含めていろんな形で世界でも報道されました。残念だったのは、民間が外交を行うということを私たちがきちっと伝え切れなかったために、このことがどんな意味を持つのかについて十分に伝わらなかったことです。
しかし、この合意は確実に歴史を動かしました。その日に習近平が私たちにメッセージを出してきました。私たちは、日本のNPOです。そのNPOがどうしても「不戦の誓い」をしたいと言っている。中国はそのタイミングでチャイナセブンの政治局の7人を集めて、閣僚全部を集めた 座談会で、習近平がメッセージを出しました。これが1つの大きなドラマでした。なぜかというと、習近平は非常に驚くべきことに、中国が民間外交ということを認めたのです。中国の社会に民間という概念があるのかということが、多分疑問になると思います。ほとんどが政府なり共産党の影響を受けているので、中国にとって民間レベルでの交流というのは公共外交です。実を言うと、それは日本もアメリカも同じです。つまり、政府の宣伝広報外交で、あくまでも主役は政府です。でも、私たちが主張している民間外交というのは民間が主役で、私たちは民間の寄附だけで成り立っています。そういう状態で対話をしているということを中国に何回も言ったところ、彼らは、そこに「パブリック・ディプロマシー」、その次に「民間外交」という言葉を入れました。そのときに、これは何かできるかもしれないと本気で思いました。
そして、もっとびっくりすることが起こりました。その翌日に、中国のかなり上の人たちが私たちと会いたいと言ってきたのです。しかし、我々は急に飛行機を 変えるお金もなくて無理だったので、それは打ち切られました。そしてそのかわりに、そういうことをやっている大臣が食事をしたいと言ってきました。こっちは民間といっても政府関係者などいろんな人を巻き込んで総戦力での議論でしたが、彼は「この対話がなくなったら日中は本当の対話のチャネルを失ってしまうので、この対話をどうしても続けてくれないか」ということを個人の提案として言われました。最初は私も意味がわからなかったのですが、「今の話はすごい重要なことだぞ」と加藤紘一さんに言われて、単身で中国に行って対話をつくりたいと言ったときのことを思い出しました。やっとの思いで対話ができて、いろいろな企業や個人からの寄附や参加をいただいてこの対話を毎回行い、世論調査を行い、民間外交という舞台までやってきて、中国がそれを認めざるを得ない状況になりました。民間はそこまでできるのだと思いました。
そして、帰ってからそのことを官邸で安倍さんにも外務大臣にも伝えました。そうしたら、私たちのやっている「不戦の誓い」を読んで、「非常にいいね」と言っていました。今、政府は「不戦の誓い」という言葉をよく使います。私たちが言った言葉がそういう形で使われたということは、ある意味でうれしいことですが、複雑な心境もあります。ただ、少なくとも民間が政府外交なりいろいろな分野で課題解決を行う非常に大きなツールなり、役割を果たせるということを非常に感じています。
「不戦の誓い」の一節には、不戦の誓いは、両国の有識者だけでなく、国民に幅広く支持される必要がある。そのため、私たちは両国民に開かれた対話を継続的に実施し、健全な輿論に支えられた両国関係や東アジアの秩序づくりに私たちの対話の成果を発揮させていくということを書いています。
ここで言いたかったことは2つです。外交なり国の政策というのは、どれだけ世論なり有権者に支持されているか。支持されるものについて有権者が政府がやっていることをきちっと判断する。そして、政府は有権者に対して説明をして政策課題を実現していく。そういうサイクルこそが強い民主主義であり、我々は外交という分野も同じではないかと思いました。民間外交と言っても皆さんがぴんとこないのは、専門家同士がクローズでやっているからだと思うのです。我々は完全にオープンで、世論調査を把握して、国民が何を考えているかを把握して、完全な輿論というものを意識して、この対話をやってきました。この仕組みは、これからの日本だけじゃなくて世界のことに対して非常に重要だと思っています。
それは日中関係だけではなくて、不安定なアジアを安定した環境にもっていくための非常に大きなチャレンジだと思っています。今、アジアの成長エネルギーが非常に強くて、二、三年前のアジア 開発銀行における分析では、うまくいけば20~30年後にはアジアの時代になる。GDPも世界の3分の2ぐらいまでいくというレポートがあります。この前、レポートを書いたアジア開発銀行研究所の河合所長と話をしたら、あれはここまでの対立がないことが前提だったと言っていました。ですから、もし紛争でも起こしてしまったら、アジアの経済的な成長エネルギーを全部潰してしまいかねないわけです。
では、そういう環境を安定的に誰が保っていくのか。東アジアの安定的な秩序づくりをして、平和的な環境をつくっていかない限り、将来世代は絶えず不安定な状況でアジアで暮らしていくことになります。この環境を私たちの世代で何としても直そうということに、本当に命がけで取り組むことが必要ではないか。そして、それをアジアに広げていきたい。つまり、民間外交というのはそれぐらい可能性があるのではないかと私たちは思っています。
そして、去年の暮れに日韓もやりました。新しい分野なので韓国はちょっと躊躇していましたが、国際的なシンクタンク会議でも日韓は非常に大きいものがあり、日中と同じように取り組めないだろうかということで日韓も立ち上げました。日韓にはいろいろな対話があるのですが、みんな非公開です。でも、私たちは全部オープンにしています。世論調査もやりました。やはり認識のギャップが非常に多いのですが、この状況を課題として考えて解決しようという意思を持たない限り、日韓関係もよくなりません。
私たちは、日中と日韓の2つをベースにしながら、それを東アジア全域に広げようと思っています。そして、「不戦」という問題をアジアの秩序づくりの1つの大きなテーマにできないかと考えています。それが私たちの希望であり、信念です。どんなことがあっても戦争をしてはいけないという形をどうやったらつくり上げられるか。そのために、去年の暮れに「新しい民間外交イニシアティブ」というチームを発足させました。チェアマンは明石康さんで、そこに三井物産の槍田会長、国際交流基金団の理事長の小倉和夫さん、前の外務大臣の川口順子さん、小林陽太郎さん、それから駐米大使の藤崎さん、いろいろな人たちが参加して、これが今どんどん増えています。いろいろな人たちがここに参加して、私たちがそれをいろいろな人に伝えて、みんなで議論するような場をつくり、それが国境を越えていく。東アジアの平和的な環境づくりに本気で取り組む、そういう局面に来たと思っています。
今月29日、東京の全日空ホテルでそのキックオフがあります。先日オーストラリアに行ったときもそうでしたが、こういう話をすると世界は感動するのです。アジアは政府間が対立しているためにどうしようもないと思ったけれども、民間ではそういう動きがあるのか。我々にも何かできることはないだろうかという声をいろいろな人たちからいただきました。当日は、中国、韓国、アメリカ、シンガポール、それからシャングリラ・ダイアログというイギリスのシンクタンク──国際戦略問題研究所がシャングリラ・ダイアログという形で南シナ海の安全保障について民間が動いているのですが、その人たちを全部集めて議論します。日本側にもいろいろな人に来てもらいます。無料ですし、まだ席に空席がありますから、関心のある方はぜひ来ていただければと思います。皆さんに知っていただきたいのは、民間レベルでこういう動きがようやく始まったということです。そうしないと、本当に今、不安な状況なんです。日本の輿論なり、国際的な輿論に我々はいろいろな主張をして、平和という環境をどうしても実現したいと思っている次第です。
私たち言論NPOは、今年でようやく13年目を迎えました。2020年にオリンピックが東京で開かれますが、私たちが一番気にしているのは、オリンピックが終った後の日本の姿です。私は非常に不安があります。オリンピックは国際的なイベントなので、いろいろな形でつくっていくと思います。3.11の被災地の問題も、言論NPOは議論をしていましたけれども、少子高齢化で高齢化が大きな問題になり、いろいろな課題解決について先送りしていることがどんどん問題になってくる状況の中で、今、アジアの危機が起こっています。私は、2020年までにきちっとこの国の課題解決をして有権者がいろいろなことを考える。そして、政治は有権者のパワーを受けてきちっと仕事をする。そういうサイクルを起こしていかないと、この国の将来は非常に不安だと思っています。我々はそれを次のステージで動かそうと思っています。
その主役は私たち言論NPOではなくて、この状況を変えられるのは皆さんです。有権者なりいろいろな仕事でチャレンジしている人たちが本気で動かない限り、多分今の状況は変わらないと思います。政府が何かをしてくれるという状況は今も既に厳しいですが、どこかの段階で行き詰まります。そうではなくて、みんながいろいろなことをやり、政府は本当に困っている人たちに対してはちゃんとやらなきゃいけない。新しい将来を見据えた形での動きが始まっていかないといけない。その動きに向かっていろいろな人たちが議論をしたり行動するという非常に重要な動きがこれからの6年間に必要だと思います。
私たちは、民間としてアジアの問題に取り組んでいますが、やはり日本が、有権者が、市民が強くなっていく。そんな社会にこの社会を持っていかないと話にならないと思っています。民主主義というのは、制度ができたからいいのではなくて、それを活用して日本がきちっとした仕事をして課題を解決していかない限り、どんどん弱くなってしまいます。
ピーター・ドラッガーは経営の神様と言われていて、いろんな本を出しているので、多分皆さんも読んだことがあると思うのですが、彼の若いときの本を読んでいる人は少ないと思います。彼はオーストリア人で、ドイツにいたのですが、ナチスのプレッシャーを受けてアメリカに行ったときに書いた『経済人の終わり』という本を4年ぐらい前に読んで、非常に考えさせられました。ワイマール共和国の中でナチズムを起こしてしまったのはなぜなのか。経済人たちは安定を考えることによって、社会が動いていくことを見て見ぬ振りをしてしまった。そして、その国はファシズムで戦争になり、滅びていった。何がああいう状況をつくり出してしまったのか。それは無関心の罪である、と。自分には関係ないと無関心でいることが、そういう社会をつくり出してしまうと彼は書いています。今の状況がそうだと言い切ることはできませんが、今、社会で起こっていることに関して、いろいろな人たちが取り組んでいかないと、自分の問題としてそれを考える流れをつくっていかないと、多分この状況はなかなか改善できない。そういう非常に大きな岐路に今の日本はあると思います。
今日の話が皆さんの今の時代観とか何かの参考になればと思っております。時代というのは、ちょっとした勇気から変えられます。それは私たちが真剣に向かわない限り何も変わらない。そういう流れが今始まっているということをご理解いただき、そしてまた、この地域の未来なり、この国の未来、アジアということに関しても考えていただければと思います。
私のほうからはこれぐらいで話を終わらせていただき、皆さんからの質問にお答えしたいと思います。どうもありがとうございました。
(了)