2014年7月講座
「野田政権482日間を振り返って」
前首相、衆議院議員
野田 佳彦 氏
私は95代目の内閣総理大臣なんですね。95代目といっても、複数回やる人がいますので差し引いていくと、実際の人数は62人目の内閣総理大臣です。安倍さんは2回目で前経験者ですから、今も62人で変わりません。私が内閣総理大臣のときは、3.11の東日本大震災があって半年後ですので、まだ大変厳しい状況が残っていました。その復興を加速させなければいけないということと、今も続いている原発事故との闘いという問題を抱えていましたし、デフレの問題も依然としてありました。それから、社会保障と税の一体改革という大変長い間放置されてきたテーマに挑んだこととか、外交関係でも尖閣の国有化など、大変厳しい課題に直面をした482日間であったというふうに思っています。
2011年8月末の民主党代表選挙で決選投票で逆転勝利をさせていただきましたが、その2~3カ月前に『エコノミスト』という経済誌を読んで強い思いを抱きました。「日本化する欧米」というテーマで特集記事が出ていたんですが、冒頭のイラストは、アメリカのオバマ大統領とドイツのメルケル首相が和服を着ていて、バックが富士山というものでした。中身に書いてあったのは、2011年、欧州は債務危機でギリシャの信用不安に端を発してヨーロッパ全体に危機が広がっていくときに、中心国であるドイツがリーダーシップを発揮しない。なかなか方向性が見出せないで先送りをし続けていることを批判しているんです。また、アメリカは債務上限危機で、オバマ大統領のリーダーシップが見えなくて、先送りをずっとしているという批判なんです。そして、この先送りする政治を「日本化」と揶揄しているんですね。決断しない政治のことを「日本化」と言っていることにとても驚き、国際社会はそうやって見ているんだと思いました。ですから、私が総理になった暁には、自らの前にある課題についてはできるだけ方向性を出していこうというふうに決めました。
もう1つ、政権運営の基本に置いたことは、中間層をもっと分厚くしていこうということです。私が生まれたのは昭和32年で、今よりはるかに貧しかったんですけれども、きょうよりあしたはよくなるだろうと、みんなが思っている時代だったんですね。そういう時代をもう一回つくりたいなと。残念ながら、バブルが崩壊して平成に入ってからは、きょうよりあしたはよくなると思っている人が少ないので、その立て直しをしていきたいと思っていました。
決断する政治、先送りしない政治と、中間層のことを考えた政治をやろうとしたんですが、その最大のテーマになるのが社会保障と税の一体改革なんです。消費税の引き上げだけ言われることがありますが、社会保障を充実させるものはさせる、安定化させるものはさせる、社会保障改革のための消費税の引き上げということを考えました。多くの人たちが将来に対して不安を描いているテーマの行き着くところは社会保障です。子育ての不安、老後の不安を解消して、日本の社会保障制度を必ず持続させることができるものにしていきたいというのが私の思いでした。
日本の社会保障制度の根幹ができたのは、昭和30年代の半ばぐらいです。国民皆保険、国民皆年金は、基本的には素晴らしい制度です。公的年金制度があるが故に、老後の一定の生活の見通しは立つように今はなっています。万全ではありませんが、当てにする人は多いと思います。こういう制度があったが故に、世界一長生きできる国になったと思います。これは世界に誇るべき制度だと思うんですが、この制度ができた約50年前は、100歳まで長生きする人というのはほとんどいなかったんですね。ところが、今は相当長い期間年金をもらう人が多くなりました。長生きできることはいいことなんですが、少子化に歯止めがかからなくて大変なことになっているんです。
およそ50年前は1人のお年寄りを9~10人で支えていたのが、今は3人で1人を支えている。この姿は運動会でよく見る騎馬戦です。でも、今は3人のうちの1人は非正規雇用ですから、不安定になってきています。日本の各世代で一番人口に厚みがあるのは、昭和22~24年に生まれた団塊の世代と言われています。日本をぐんぐん引っ張ってきた世代、日本の経済を引っ張ってきた世代、日本を支えてきた世代、流行・文化をつくってきた世代ですけれど、その全員が今年は年金受給世代に入ります。年金に限って言うならば、支えられる世代に入る。これは劇的な変化です。さらに10年後には、この方たちが75歳以上の後期高齢者になり、一般的には病気にかかるリスクが出てきます。介護を必要とするリスクが高まります。認知症が出てくるリスクもあります。そのリスクを個人では背負い切れなくて社会保障で賄うことが多いという状況が劇的に動いていくんです。
そうなると、間違いなく騎馬戦の社会ではなくなっていきます。確実に避けて通れないのが、1人が1人を支える肩車の時代です。肩車は腰に来ますから、みんなが腰に来る時代が間もなく来るんです。そのような時代を乗り切るためにはどうしたらいいのかというと、1つは肩の上に乗る人たちの体重を減らして健康寿命が長くなるようにすることです。それには予防医療にもっと力を入れるとか、いろんな工夫はあると思いますが、だからといって、下の世代の負担が軽くなるわけではありませんから、下で踏ん張る世代のことも考えてあげなければいけない。給付や負担の面で世代間のバランスを考えてあげなければいけない。下で踏ん張る世代のための社会保障もあるんです。子育ての支援であったり、広い意味での教育の支援であったり、若者たちの就労支援にもっと力を入れるということが人生前半の社会保障の後押しなんですが、これが日本はほかの国に比べると手薄だったと思います。
子育ての支援については、待機児童ゼロに向けていろんな自治体が取り組みをやり始めていますけれども、その流れをつくるきっかけを我々は展開をすることができたのではないかと思います。待機児童ゼロといってもまだまだ非常に難しい課題ですが、現物支給で頑張るということと、現金の支給では子ども手当ということをやろうとしました。これは、名称は子ども手当ではなくなりましたけれども、中学校3年生まで子育ての世代は手当が出るように、質的にも量的にも拡充をすることができました。この制度を拡充するということは、私は大きな目で見ると間違ってはいなかったと思っています。
皆様も子育てを経験された方が多いと思います。私も経験者の1人です。もう随分前になりますけれども、子どもたちが、はいはいをしていた赤ちゃんのころ、突然つかまり立ちを始めるようになったときは感動的でした。痛い思いをして何回も何回も立ち上がるんです。赤ちゃんの本能ですよね。重たいご病気の場合は別ですけど、普通は一定の時期が来ると、痛い思いをしながらも立とう、立とうとする。あの姿を見ていて、子どもというのは本来、伸びよう伸びようとしているんだと思いました。その茅を受け止める社会をつくっていくことが大事だと思うんです。経済が理由で勉強を進めることができないとか、子どもにいろいろとしわ寄せが出るようにしちゃいけないと思うんです。
子どもが保育園に入り、幼稚園に入り、小学校、中学校に行くと体がどんどん大きくなって、ズボンとかスカートとか靴を毎年のように買い換えていかないと間に合いません。これは一定の金銭の負担と感じるかもしれませんけれども、子どもがたくましく育っているなということを感じるうれしい瞬間でもあると思うんです。そのうれしい瞬間をもっと遠慮なく感じ取ってほしいという思いがありました。経済を理由に買い控えようと思わないようにするのが、私は大事なことだと思っていたんですね。それをやろうというのが一種の子ども手当でありました。これは全額まではいきませんが、ほどほどのところでおさまったということで、今も制度としては続いています。
あとは、高等学校の授業料の無償化です。世界の高等学校で授業料を取っている国なんていうのは、当時4つぐらいしかなかったんです。それをやめただけのことなんですが、これもばらまきと言われました。ワーキングプアという言葉が生まれたのは、小泉さんの時代でした。「いざなぎ景気を超えた戦後最長の景気」と言っていて、格差が拡大をしたんです。その影響を一番もろに受けたのは子どもたちで、経済を理由にして中途退学する生徒の数が激増をしました。日本という国は、「教育は機会均等の国」をある意味国是として目指してきたんじゃないでしょうか。子どもが学びたいと思ったら学ばせてあげるチャンスをつくろうと、一生懸命やってきた国が日本だったと私は思います。それが一億総中流の時代をつくり、チャンスをつくった。そしてチャンスをつかみ取ろうとする人たちがいっぱいいたと思うんですが、それを見事に裏切ったのが、「いざなぎ景気を超えた戦後最長の景気」と言っていたときなんです。ですから、高等学校の授業料の無償化をやりました。これは、効果はてきめんでした。経済を理由として中途退学する生徒の数は半分に減りました。こういうところに力を入れるのが人生前半の社会保障なんです。子どもたちが学ぼうと思えば学び続けることができる。働こうと思ったら働くことができる。そして、家庭を持って子どもを持ちたいと思うならそれを実現することができる。道半ばでありましたけれども、そこにもっと政策のシフトをしていこうというのが私どもがやろうとしたことでありました。
もちろん、そうはいっても、ただではできません。社会保障というのはやっぱりお金がかかるんです。お互いに互助の精神で助け合おうといっても限界があります。自分だけで何とか生きていこうと思っても、限界が来たときに公助というか、政府が、自治体が、国がやっぱりサポートしなければいけない場面が必ず出てきます。その場面が今、残念ながらどんどん増えてきているんです。今、国の予算は一般会計で90数兆円です。そのうちの約半分近く、40数兆円が地方交付税と国債費です。要は、借金の返済と地方への仕送りで半分近くのお金が消えていきます。残りの50兆円余りを一般歳出としてさまざまな政策経費に当てますが、その半分以上の30兆円を超える額が社会保障なんです。予算編成で一番苦労するのはどんどん膨らむ社会保障で、もちろん聖域化してはいけないところもありますけれども、それを削ることはなかなか難しいんです。社会保障が膨らむ分はほかの分野に泣いてもらわなきゃいけないということで、ほかの分野を削るということを繰り返してきました。しかも、社会保障は放っておいても、今の年金や医療制度、現状のままの制度でも自然増で毎年1兆円増えるんです。
1兆円というイメージは湧きますか。毎日宝くじが1,000万円当たって、毎日その1,000万円を使い切ったとしても1年間で36億5,000万円ですから、1兆円には全然届きません。1兆円を使い切るには、毎日1,000万円使い続けても約300年かかります。1万円札で高さ1万メートル、重さ100トン。毎日1,000万円使い続けて約300年かかるお金が、社会保障を維持するために毎年必要だったんです。それだけのお金を残念ながら手当をしてこなかった。社会保障の制度がスタートしたころは現役世代がいっぱいいましたから、現役世代の保険料とか、現役世代が頑張っている所得税に頼って賄っていくことができましたけれども、それではとても足りなくなって、当たり前のように赤字国債を発行して社会保障に当ててきたんです。
赤字国債というのは借金で、その借金を返すのは子どもや孫の世代です。60年の償還ルールとかいろいろありますけれども、借金というのは基本的には将来の世代が返していくんです。将来の世代にお金を借りて今の社会保障を賄う。毎年1兆円ずつ膨らんでいくものをそうやってきた。でも、そんなことがいつまでも続くはずがありません。将来の世代が弱者になると思ったら、若い世代がこの国で子どもを産んで育てようと思うでしょうか。子ども手当を幾らか膨らませても、保育所をいっぱい整備しても、そんなのは意味がなくなるんですね。だから、この流れを変えるために、今を生きる世代で社会保障については賄っていこうと。それに子どもから大人から、みんなが払わなければいけない消費税を当てることにいたしました。なぜ所得税や法人税じゃないんだ、税目はいろいろあるじゃないかと言いますが、所得税や法人税は景気の動向で左右されます。景気が悪くなって法人税収が落ち込んだら、所得税が落ち込んだら、社会保障の水準を下げると言ったら、老後の生活の見通しは立ちません。景気に中立的な税収というと、やっぱり消費税なんです。でも、さすがに国民にご負担をお願いするということはなかなか大変でした。
民主党政権では私は3代目でした。3代目になると、次の衆議院の解散はいつなのかと、みんな意識し始めるころです。これは政治家のさがというか、政治家の常といいますか、どうしても次の選挙を考え始めると、国民に負担をお願いすることというのは言いにくい。その言いにくいことを言ってこなかったから、逆に言うと赤字国債に頼ることが常態化してしまって、将来世代がますます弱者のような動きが続いていたんです。目の前にそういう動きが出てきているという中で、社会保障と税の一体改革、社会保障を充実、安定させるために、そのための負担は消費税でみんなで分かち合うということを方針として出しましたけれども、同じ民主党の中でも意見をまとめていくことは困難でございました。
したがって、残念ながら離党をする方が出てきて、そのばらばら感が民主党の解散総選挙のときの敗北にもつながったと思いますし、その責任は私にあると思います。リーダーの役割というのは、一生涯責任を追及されるようなことも、あえて決断しなければいけないときがあるということだと思います。同じ党内からは厳しい評価を当然いただかなければいけないし、国民からもそういう評価をもらうことは、これは逃げることはできません。それは背負っていかなければいけないことだと思っています。ただ、やり遂げた社会保障と税の一体改革の意義は、先ほどお話し申し上げたとおりでありますので、その評価は歴史に委ねたいと思っています。
政治家はどうしてもネクスト・エレクション、次の選挙を考えるんです。ネクスト・ジェネレーション、次の世代の政治ということを考えないで来たが故に、日本の今の厳しい財政状況などを生み出したのではないか。ネクスト・ジェネレーションを考えた政治をもっとやっていくということが、今、政治に一番求められていることではないのかなと思います。投票率は、ご年配の人のほうが高いんです。20歳以下の人は投票権を持っていないんです。その投票権を持っていない人たちのことをもう少しおもんぱかった政治をやっていかないと、国としての持続可能性がなくなるのではないかと思います。
そんなことを念頭に、社会保障と税の一体改革を決断させていただいたわけですけれども、4月1日から消費税が上がりました。皆さんにはご負担をいただいております。5%から8%へという税の重みを感じていらっしゃる方もおられるかもしれません。当然、4月1日の前は駆け込み需要があって、特に4月から6月は反動で需要が減るということがやっぱり起きました。ただ、一定の想定の範囲内で推移しているのではないか。7月から9月にかけては景気は回復をして軌道に乗ることができる。ある意味限定的な影響でとどまるのではないかなというのが大方の見方ではないかと思います。
当事者としてとても心配していたのは、あんまり景気の足を引っ張り過ぎるような状況であってはいけないということでした。1997年に消費税を3%から5%に引き上げたとき、その後、日本経済は落ち込んで、そのまま日本は回復できていないという人が多いんです。確かに、1997年の4月に消費税が上がったときに反動減があって景気が落ち込んだんですが、7月から9月は個人消費が回復したんですね。正確に言うと、タイの通貨、バーツに端を発するアジアの通貨危機が広がってきたことと、それから山一證券とか、三洋証券とか、北海道拓殖銀行という金融機関の破綻があって、金融危機が生まれたこと。これが日本経済を落ち込ませる大きな原因になったんですが、その直前に消費税を上げていますから、大嵐が来る前に窓を開けちゃったということになると思うんです。そのトラウマがあるので、消費税を上げると必ず景気は悪くなって落ち込むという見方をする人がいました。これはこれからも注視していかなければいけないと思いますが、今のところは限定的な影響にとどまっていると思います。
このまま景気がよくなってほしいと思います。私は、安倍さんとは経済政策の考え方は全く違いますが、結果は出してほしいと思うんですね。考え方が違うから足を引っ張ろうとは思いませんが、三本の矢というけど、私はどれもこれもおかしいなと。一本目の矢はジャブジャブの金融緩和で、私は出口はないと思います。出口が大変だと思います。二本目の財政出動というのは、失敗の歴史の繰り返しだと思います。三本目の矢が一番大事なんですが、問題は、三本目の矢の成長戦略のど真ん中に法人税減税を位置付けたことです。
私は、法人税減税は効果がないと思っているんです。法人税減税で助かるのは今も元気な3割の黒字法人で、7割の赤字法人には影響ない。それが今必要な政策でしょうか。しかも、国際競争力をつけるために法人税を下げている国並みにしたいと言っていますが、比べているところが健全財政のシンガポールです。日本は、財政健全な国と減税競争するような立場でしょうか。私は違うと思います。減税をすればまた赤字が増えるんです。そんなことをやる余裕があるんでしょうか。この秋以降に来年度の税制改正の議論をしますが、消費税を2015年10月に10%に引き上げるかどうかを、この年末に安倍さんは判断すると言われている。そのときに法人税減税の議論を一緒にやると、ごちゃごちゃになりませんか。消費税は社会保障のためなんです。法律上も、予算会計上もそうなっているんです。同じ時期にやったら、一方で消費税が上がった、助かったねといって法人税を下げるようなやり方に国民には見えるじゃないですか。私は2つの「かんじょう」が大事だと思っています。1つは算盤勘定で、ちゃんと勘定を数えなきゃいけない。もう1つは国民感情です。消費税を上げる議論をしているときに法人優遇の減税を同時にやっているといったら、これは誤解を生むと思います。その意味から、非常に政治リスクがあるのではないかと思っているんです。
もっと言えば、もともと安倍さんは次の消費税引き上げをやりたくないんじゃないか。普通の経済成長をしていれば、法律どおり粛々と実行すべきだと思うんですが、政治日程を考えると、来年の4月が統一地方選挙です。来年の秋には自民党総裁選挙があります。ご本人は当然、長期政権を目指すから自民党総裁を目指しますよね。そして、2015年には参議院の選挙があります。その前のどこかには衆議院の解散総選挙があります。来年以降は政治日程がめじろ押しなんですね。それを考えると、ネクスト・ジェネレーションを忘れて、ネクスト・エレクションのほうに軸足を置く判断をしていくのではないかなと思います。そうなったときのリスクはとても大きい。普通に景気が回復しているときに、政治日程を考えて消費税を上げないという決断をするならば、それは内外に説明ができません。説明ができなくなると、日本の財政に対する信用は失われます。財政規律が緩んでいる国と見られた瞬間に、これはもう理論ではありません。あってはならないと思いますが、サーチライトが当たった瞬間に国債の金利が跳ね上がるということが起こり得ると思います。
今、長期金利はものすごく低くて、0.5%程度です。だから利払いが少なくて、日本の財政はもっていますけれど、これが1%跳ね上がっただけでものすごい利払費になっていきます。そうなると国として万事休すの瞬間だと思いますから、そうならないために経済の成長は果たさなければならない。一方で財政規律も守る国であるということ、それが日本に与えられている命題です。その命題を着実に、堅実にこなしていく政治というものが私は必要だと思っています。ですから、野党にはなりましたけども、その辺のチェックはしっかりとやっていきたいというふうに思います。
総理大臣の役割は内政だけではありません。思った以上に非常に比重が多いのは外交です。482日間総理大臣を務めているうちに、月に1回ぐらいは国際会議に出たりしましたが、これもなかなかハードです。1泊4日なんていう日程もありました。当時、国会は、ねじれていましたから、国会からお許しをいただいて海外へ出張する場合でも、そういう日程しかとれないことが多かったんです。今は、ねじれ解消だから安倍さんはがんがん行っていますが、首脳はどんどん海外に出ていくようにしたほうがいいと思います。
逆に、お客さんをお迎えする機会も多いんです。482日間のうち161回、官邸で大統領や首相など海外のお客さんとお会いしています。およそ3日に1回は海外の要人とお会いしていたんですね。海外の要人とお会いしたときに一番話が弾むのはサッカーです。今年、ワールドカップがありましたけれども、どの国の首脳もサッカーは好きですね。あとは、ご年配の世界のリーダーだと孫の話です。中国の首脳は代わりましたけれども、私のカウンターパートは温家宝首相だったんですが、お孫さんはキティちゃんが大好きだということで、そんな話から入って、だんだん厳しい課題に入っていきました。
外交の中で私が一番最初に心がけたことは、日米関係の立て直しでした。普天間の問題とかでちょっと前の前の総理のころから冷え込んでしまいましたので、その立て直しを特に考えました。日米同盟は日本の外交安全保障の基軸だと私は思っています。東日本大震災のときのトモダチ作戦の展開の仕方などを考えても、アメリカは最大の同盟国だと思います。この関係をしっかり進化させるということが、21世紀の日本にとってはとても大事だと思うんです。
私は、構想として考えていることがあったんです。1941年に大西洋憲章がつくられました。当時は戦争をやっていましたけど、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領とイギリスのウィンストン・チャーチル首相との間でつくられた戦後の秩序についての合意で、8項目あるんです。その2人でつくった大西洋憲章の考え方のもとに、ソ連のスターリンなんかも入ってきて、戦後、国際連合ができました。当時は大西洋の時代だったかもしれませんが、今はアジア太平洋の時代だと思います。私は太平洋憲章を日米でつくりたいと思ったんです。アジア太平洋は、これから世界経済の成長のエンジンです。成長するためには、お互いに垣根を低くしていくために貿易や投資のルールづくりをちゃんとやろうと。これはTPPだけではありません。日中韓もありますし、あるいは東南アジア諸国連合、ASEANを巻き込んで動きもあります。それからもう1つ、ピンチをしのぐルールも必要です。南シナ海とか東シナ海、海洋の問題があります。そのリスクを回避するためのルールづくりもやっていこう。日米が主導して太平洋憲章をつくって、後から中国が入ってきてもオーケーというものをやっていきたいというのが思い描いていた外交戦略でありました。
それには、どうしても日米の立て直しが大事です。2011年の9月に総理に就任をし、同じ9月に国連総会で最初にオバマ大統領とお会いをします。これは1回目からとてもうまくいきました。彼は実務的で、ビジネスライクな人だという評価が定まっていますが、本当にそのとおりなんです。実務の話でどれぐらいこっちの考え方を明確に示せるかどうかが必要だと思いましたので、日米間に関わるいろんな課題について、私がどう考えるということだけじゃなく、いつまでに関係する法律をこうやって通すということも含めて具体的な問題をやりとりしたときに、非常に彼とうまくいったんですね。「I can do business with him.」という言葉がその直後に出て、彼となら仕事ができると言われたんです。お互いに実務を進める上で、非常に第一印象がよかったと思います。
2回目は、一月後にホノルルのAPECでお会いすることになるんですが、個人的な信頼関係をもっと強めようと思いました。そこで調べたんです。オバマさんは、高校時代をホルルルで過ごしているんですね。バスケットのクラブに入っていましたけれども、その中に1人親友がいて、クラブ活動が終わった後にその親友の家に寄って、彼のお母さんがつくってくれる手づくりのチョコレートクッキーを食べてミルクを飲んだというのが一番楽しい思い出であるという情報を入手しまして、これを使いました。その親友のお母さんを探したんです。そしてチョコレートクッキーをつくってもらって、オバマさんとの大事な会談の前に渡しました。誰がつくったのかと聞かれたので、その親友の名前を言って彼のお母さんだと言ったら、大変驚いたとともに、ものすごく喜びました。以後、8回ぐらい会談をしていますけども、非常にいい議論がいっぱいできました。私は、今の安倍さん、オバマさんのときよりも関係はよかったのではないかと思います。建前上は、集団的自衛権も含めて日本の足を引っ張るということはなく、大変理解をしているような言動が出ています。だけど、本当の信頼関係があるのかというと、非常に危ういと思います。
私が総理の期間中の2012年は、日中国交正常化40周年という節目の年だったので、うまくやっていこうという空気がお互いにありました。世界の第2位と第3位の経済大国同士ですから、いろいろと具体的な問題はあるけど乗り越えていこうと。40周年という節目を境にもっと進化させていこうという気持ちがお互いにあって、うまくいっていたんですが、変わったのは、2012年の4月に当時の石原東京都知事がワシントンで講演をやって、尖閣を都が買うと言い出したときです。4月に石原さんがワシントンで発言した後、5月に日中韓のサミットが北京で開かれました。このときに中国の当たりがかなり厳しくなったんです。尖閣の問題やチベットの問題などを具体的に厳しく言ってきて、こちらも厳しく返さなきゃいけないテーマなので、そういうやりとりが起こったんですが、一つの節目、流れが変わってきたと思いました。尖閣については、埼玉県の個人の方が所有されていましたが、自民党政権のころからずっと国有化の動きがあっても、うまくいっていなかったんです。これは買い取りも含めて急がなければいけないと思って準備をし始めました。準備をしている中で、今度は8月に入って、実際に香港の活動家が尖閣に上陸をするという事態が生まれてしまいました。それを受けて、石原さんともいろいろやりとりをさせていただいた中で、これは国が買い取って、そして長期的に平穏に安定した管理をしたほうがいいと思いました。そうした判断をすることによって、尖閣の国有化を急いだということであります。なぜ急いだかというと、都が持つより国が持つほうが長期的に平穏に安定した管理ができるからですが、これは厳しい問題が多かったです。
アメリカと中国、この2つの国は、今、共通の国内の課題に悩んでいます。世界のリスクを考えたときに、テロの問題もあるし、気候変動の問題もあります。ウクライナの問題とか、地政学的リスクもいろいろありますけれど、最大の課題、危機は、それぞれの国に起こっている所得格差の拡大だと思います。アメリカは所得階層の上位1%の人が全体の20%を占めます。所得階層上位20%の人が全体の50%を占めています。上位1%の人と所得階層半分以下の人たちの残り50%では、1%の人のほうが多いというぐらいに極端な格差が広がってきています。格差がどれぐらい進行しているかを数値であらわすジニ係数では、0~1の間で数値化します。0は完全に格差がない、平等社会です。1に近づいていくに従って格差が広がり、0.4は警戒ラインと言われています。アメリカは2012年に0.477で、0.4を超えているんです。オバマ政権は民主党政権です。支持層は黒人、ヒスパニック、貧困層、女性、若者です。この社会でアメリカが統計をとり始めて以来一番格差が広がってきているという状況ですから、何とかしなきゃいけない。この国内問題で非常に今、頭を悩ませているときに、ウクライナの問題があったり、イラクが心配で、ましてやアジアで変なことが起こらないでほしいと思っている、実は内向きな状況に陥っているのがアメリカなんです。
新興国の代表格である中国も、ジニ係数はアメリカとほとんど同じです。2012年の中国のジニ係数が0.474で、アメリカが0.477ですから、ほとんど変わらない。ある意味、アメリカは弱肉強食の国でもありますが、共産党一党支配の中国においてアメリカ並みの格差拡大が2012年に出た。しかも、その進行状況は激しくて、2013年、2014年には0.6とか0.7という数字を出すのではないかと言われています。ネット社会が広がっていますから、格差の現実に怒りを感じる人も多分いっぱいいるんでしょう。今、あちこちで起こっている騒乱のようなものは少数民族の問題じゃなくて、まさに社会の根本矛盾が噴出しつつあるのだと思います。
中国は、国内の格差の拡大から、やはり目を外にそらそうとすると思います。南シナ海でフィリピンやベトナムと海洋権益でぶつかったり、あるいは我々も注意しなければなりませんが、東シナ海の問題でも、もっととんがった態度で来るかもしれません。同じ国内問題、格差の拡大でも、アメリカは内向きになっていく。中国は外に攻撃的になってくる可能性があるというときに、日本の外交・安全保障戦略は、挑発をしてはいけないし、挑発にも乗らないという冷徹なリアリズムにのっとった対応、国際環境がそういう状況だということを押さえた上での対応が必要だと思います。2015年は、中国も韓国もロシアも戦勝70周年ですから、イベントをやろうとしています。ある種、これは国際包囲網みたいなものです。そのときに実学に基づいた対応を冷静にやっていくべきときではないかと思います。その意味では、中道、そして穏健な保守までにらんだときに、そのスペースが国民としては一番空いているんですね。その声を代弁するような役割ということを我々はもっとやっていかなければいけないなと思います。
日本のジニ係数は、0.3ぐらいで済んじゃうんです。0.4という社会で騒乱が起こるかもしれない可能性の数字は出しません。これは社会保障があるからです。特に今回は消費税を充てることにしましたよね。皆さんからいただいた税金を誰かが困ったときに再分配するのが社会保障です。病気になったとき、けがをしたとき、職を失ったとき、人の定めとして老いていくとき、そんなときに出番が来るのが社会保障です。それを支える財源を消費税にした。日本の場合はこの再分配機能があるから、格差の拡大には一定の歯止めが最後にかかるんです。残念ながら、今の政権になって社会保障の精緻な議論が進んでいるとは思わないんです。消費税だけ上がった、法人優遇のために使うのかと見られてはいけません。三党合意を踏まえていくならば、もっと社会保障の議論を詰めかなければいけないのに、大事な議論が進んでいないことを残念に思います。
2012年11月14日の私と当時の安倍自民党総裁との党首討論を覚えていますか。あのときは、国民の皆様もご負担をお願いする以上、まずは身を切る覚悟を国会も示さなければいけないということで、定数削減の約束をしたはずなんです。0増5減、衆議院の小選挙区を5つ減らすということは1票の格差の問題でやりました。お互いにマニフェストに書いているんだから数10単位の話の削減をやましょうということで合意したはずです。合意文書も交わしていますから、覚書があるんです。大事な政党間の約束です。だけど、1年半たっても進んでいない。もちろん我々も政党ですから、議論を仕掛けて、そして結論を出させる努力をしなければいけません。私たち野党にも責任があると思いますが、一番の責任は、やっぱり政権与党になった人たちがもっと汗をかいて約束を守るかどうかだと思うんです。その姿勢が全く見られないことは、極めて残念に思っています。
もとの話に戻りますけど、定数削減の話も具体化していかないと、今度は消費税をもう一段階上げる話に国民が賛同してくれないんじゃないか。5%から8%に上げるときは、過去の消費税の議論の中では一番国民の理解度が進んだ状況が生まれたと思うんです。だけど、8%から10%に上げるときには、政党間で約束したことも守らないで、法人優遇みたいなことの減税はやるけれど、消費税をまた上げるのかとなったときには、国民は厳しいのではないかと思います。その意味からも、この定数削減の話は早く決めなければいけないと思いますし、周りからもっと言ってほしいなと思っているところです。
今の安倍政権は、社会保障よりは安全保障のこと、ある種危機管理の分野に関心があるんです。でも、危機管理を言うんだったら、制度をさわる前に公邸に住んでほしいと思います。官邸と公邸は歩いて0分、食住近接です。自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣ですから、テロがあったとき、領海侵犯、領空侵犯があったとき、真っ先に連絡が入ってきます。今、予想もできないような大きな台風が来たり、異常気象が起こったり、自然災害だって突発が多いですよね。総理大臣の最大の仕事は危機管理です。危機管理上、一番情報が集まって指示が手っ取り早く出るところにいる。そのためにしっかり公邸に住んで、そこからきちっと指示を出す体制こそが、どんな制度をいじるより、私は国民を守るためには大事だというふうに思います。
ちょうど1時間20分たちましたので、時間を守ってマイクを置きたいと思います。どうもご清聴ありがとうございました。(拍手)
(了)